マルティヌー/バレエ組曲「シュパリーチェク」
(サー・チャールズ・マッケラス指揮 ブルノ州立管弦楽団 1991録音)



Amazon:Spalicek Suite


ボフスラフ・マルティヌー(1890〜1959)は、チェコ(ボヘミア)の作曲家。
靴屋の家に生まれましたが、歌好きな母、民謡上手な住み込み靴職人、ヴァイオリンが趣味の仕立て屋などに音楽を教わるうちに才能開花!(←マンガみたいな話)
ろくな音楽教育も受けてないのに12歳で弦楽四重奏曲を書き、16歳でヴェニャフスキのヴァイオリン協奏曲を弾く神童ぶりを発揮。
これが新聞で取り上げられ、篤志家の援助でめでたくプラハ音楽院に入学することに(←ほんとマンガみたい)。

しかし田舎の野生児には学院のアカデミックな授業は合いませんでした。
しだいに学院から足が遠のき、街角や酒場で演奏する日々を過ごすうちに出席日数が足りなくなり退学(←これまたマンガみたい)。

しばらくは小学校教師をしていましたが、音楽院時代の友人の紹介でチェコ・フィルのヴァイオリン奏者に。
仕事のかたわら作曲を続け、しだいに認められて奨学金を得てパリに留学、ルーセルに師事します。
カフェで知り合ったお針子のパリジェンヌと結婚し (←「ラ・ボエーム」を地で行ってる!)、作曲家としても売れっ子となりますが
ナチスの台頭を嫌って1941年アメリカにわたり、そちらでも多くの作品を発表。

終戦後は帰国も考えたものの、1948年祖国に共産主義政権が誕生したことで断念。
1953年にヨーロッパに戻りますが主にスイスとフランスで暮らし1959年にスイスで死亡、祖国ボヘミアの地を踏むことはかないませんでした。


さてマルティヌーの作品、私もそれほど知ってるわけではありませんが、これ好き! と思うのが

 バレエ組曲「シュパリーチェク」(1932/40)

1932年に作曲された歌を伴うバレエ音楽を、ミロシュ・ジーハという人がマルティヌーの許可を得て二つの管弦楽組曲にしたもの。
「シュパリーチェク」とは18世紀にボヘミアを渡り歩いた楽師の歌集のことで、歌に登場するおとぎ話や伝説をバレエにしたそう。
で、この曲ですが・・・

 とにかく楽しい! そして華やか!! 

ほとんど能天気ですらありますが、聴く者の耳をとらえて離さない何かがあります。
にもかかわらず二十世紀に書かれたバレエとしては、ストラヴィンスキー「火の鳥」・プロコフィエフ「ロミオとジュリエット」・ラヴェル「ダフニスとクロエ」とくらべ悲しいほどに無名です。
たぶん誰も知りません、不憫でなりません。

まずは第1組曲の第1曲「前奏曲」を聴いてください、演奏時間1分少々なのですぐ聴けます。
威勢良くないですか、ゴキゲンじゃないですか、元気出ませんか。
ピアノがフィーチャーされているところがお洒落です。

 

おすすめのナンバーは、第1組曲の最後を飾る「結婚式のポルカ」
理屈抜きでノレます、楽しいです、華やかです、やかましいです!
ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートで演奏されても違和感ないくらいです。

 

優美な「お城のシンデレラの舞踏会」(第1組曲・第4曲)も魅惑的。
幻想的なイントロに続き、ピアノが刻むリズムに乗って1:35あたりからほの暗く寂しげなワルツが始まります。
舞踏会というよりは夢の中をさまようような雰囲気、長調に転調したり、不協和音を交えたりしながら、最後は静かに終わります。

 

第2組曲・第1曲の「悪魔たちの踊り」はプロコフィエフとバルトークを足して2で割ったようなグロテスクで激しい音楽。
2:05から登場するメロディはスラブっぽくて印象的。

 

「市場〜蜂の踊り」(第2組曲・第3曲)は、市場の雑踏を描いたあと、1:21からの蜂の描写が秀逸。
たしかに蜂です、「熊蜂は飛ぶ」よりもよっぽど蜂ですなこりゃ。

 

第2組曲の終曲「魔法の袋の中で」は、素朴な民謡風メロディが淡々かつ延々と歌われながら徐々に厚みを増し、大団円へ。
どことなくラヴェル「ボレロ」を連想する、堂々たるフィナーレ。

 

コンサートで演奏すれば盛り上がり確実、拍手喝采だと思うのですが、めったに取り上げられません。
CDもあんまり出てません。
でもYou Tubeでいつでも聴けます、いい時代になったものです。

(2021.02.10.)


音楽の感想小屋」へ

「更新履歴」へ

「整理戸棚 (索引)」へ

HOMEへ