志田笙子作品集



Tower : 志田笙子作品集



日曜日の朝8時10分からNHK-FMで「現代の音楽」という番組が放送されています(2022年現在)。
我が家ではいにしえの昔からNHK-FMをかけながら朝食をとる風習があります。
なので日曜日は現代音楽を聴きながら、トーストやベーコン・エッグを食べ、珈琲を喫しておるわけです(基本パン食)。

しかし現代音楽ですからねえ・・・。
どうしても聴くのに耐えられなくてラジオを切ることもありますが、斬新で刺激的な音楽との出会いが面白いことも多いです。

先日、志田笙子という作曲家が紹介されていました。
はじめて名前を聞く作曲家さんです。

 静岡県生まれ、東京藝術大学作曲科卒、台湾の音大の教授を経て1980年からドイツのケルンに移住し、以後そこを拠点に活動しているそうです。

経歴からコスモポリタンでヨーロピアンでジャーマンでモデルンなアヴァンギャルド・ムズィークを書く人かと思ったら意外や意外、
作品は東洋的な「和」の雰囲気に満ち満ちていました。
日本の古都で竹林の中に結んだ小さな庵で書いたような作品群。
楽譜は墨で書いてたりして。

なんでケルンに住んでてこんな曲が書けるんでしょう。
気になってCD買っちゃいました。

たとえば、2台のピアノのための「清見寺へ 暮れて帰れば」(2005)

 (このCDの演奏ではありません)

 「清見寺へ 暮れて帰れば 寒潮 月を吹いて 袈裟にそそぐ」 (詠み人知らず 閑吟集)

  (清見寺へ夜も更けて帰る僧、寒々とした潮の流れが月に吹きつけるようで、僧の袈裟にも入ってくる)

という詩句からインスピレーションを得た作品です。
「清見寺」とは作曲者の故郷・静岡にある臨済宗のお寺だそうです(清水寺かと思ったよ)。
月に照らされた寒風吹きすさぶ海岸を寺に向かって歩く僧の姿を描いていますが、
作曲者はさらにこの曲は「歩く僧のだんだんはっきりしてくる生きていることへの主張の表現」と述べています (よくわからん)。

まあそういう表題的な要素は気にせずボーッと聴いても耳を惹きつけられます。
いろんな響きが変幻し移ろい、独特の「間」が東洋的な雰囲気を醸し出します。
冷え冷えとした先鋭さ、呪術的な妖しさの向こうにリリカルな旋律が垣間見えたりします。
響きにベトついたところがなく、サラサラとしたク―ルな感触も魅力的。
何気に演奏には超絶技巧が要求され、演奏者は所々で発声を指示され(風の音?)、クライマックスで表題の詩句を発声し、曲を閉じます。


ギターとピッコロのための「合」(2001)も面白い曲。

 (このCDの演奏ではありません)

ギターとピッコロという組み合わせがまず興味深い、フルートじゃないんだ。
竹林を一陣の風が吹き抜けたり渦を巻く様子を思わせます。
しかし作曲者によるとこの曲は「相撲の立ち合いをイメージしてその勝負が終わるときまでを書いたもの」なんだそう。

 す、相撲・・・?

ずいぶん長い立ち合いですなあ(十数分かかります)・・・ よくわかりませんが、音楽としてはたいへん私好み。
そう思って聴くと、張り手の応酬やがっぷり四つに組んだところを連想するところがあるような気もしなくもな・・・いですが、深くは考えんとこう。
この曲もたっぷりとした「間」が印象的ですが、武満徹などにくらべるとドライで鋭い音のふるまいが彼女の個性なのか。

どの曲も前衛的ですが、音の動きの姿、走る姿、踊る姿、加速していく感覚、深い沈黙、すべてが刺激的で意外なほど心地よいです。
ドイツに住みながら、これほど「和」な音楽を書くという姿勢も興味深いところです。

(2022.09.11.)

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