谷崎潤一郎/細雪(1943〜48)



Amazon : 細雪 (中公文庫)


いまは没落しつつある大阪船場の商家・蒔岡家、その美しい四人姉妹「鶴子」「幸子」「雪子」「妙子」の物語。
姉妹の父はすでに亡く、のれんはかつて家来筋だった人に譲り、本家の当主である鶴子の婿は銀行員。
次女・幸子は計理士と結婚して娘がひとり。
三女・雪子は姉妹のうち最も美人だが縁遠く、三十路に入っても見合いを繰り返している。
そして四女・妙子は「手に職をつける」と言い出したり恋愛事件をおこしたりして姉達をてこずらせている。

谷崎潤一郎/細雪

以前から「読もう」とは思っていたのです。
しかし文豪谷崎畢生の大作であり日本文学史上に燦然と輝く作品とあっては、なかなかに敷居が高うございます。
しかも新潮文庫では全3巻というボリューム、おもわず二の足を踏むには十分です。

ところが中公文庫から一巻本が出ているではありませんか。
これなら読みやすいかも・・・と思いアマゾンでポチッ、届いたのは4センチ近い厚みの文庫本。

 「ぶ、分厚い〜」(←あたりまえ)

3巻本よりは割安ですが、かさばる点は不便でした。
寝っころがって読むと疲れます。
こういう本こそ電子本の出番なのかな、でもKindle持ってないしなあ。

田村孝之介画伯による挿絵は風情があって良かったです。(新潮文庫には挿絵はないらしい)

浴室の前の六畳の部屋の襖を開けると、雪子が縁側に立膝をして、妙子に足の爪を切って貰っていた(503ページ)


さて内容ですが、昭和11年から16年までの関西を舞台に、中流の上クラスの家庭生活を仔細に描きます(執筆は昭和18年から23年)。
大事件は起こらず、日々積み重ねられてゆく淡々とした日常。
時代は太平洋戦争直前ですが、小説はそんなことは感じさせず(意図的に排した?)、
豪華な着物姿の4人姉妹が花見に興じる様、三女・雪子の格式ばったお見合いの様子、四女・妙子の日本舞踊の発表会、
大阪や東京の洋食店のメニュウ、老舗旅館のもてなし、歌舞伎や芝居の演目へのこだわりなど、
どのページからも「なるほどこいつは日本だ」とうなずいてしまう、はんなりとした情緒が薫ります。

 「日本」の一番綺麗なところをぎゅっと凝縮してパッケージにしたような小説です。

もちろん戦時中にこんなのどかな小説書いてたら当局に睨まれないはずはなく、「細雪」は戦争が終わるまでは発禁の憂き目を見ています。

ただ綺麗なだけではありません。
キャラクター造形が巧みというか「いけず」というか、とくに「行き遅れ」三女・雪子の性格の複雑さにはやられました。
彼女は自分の意思・考えをほとんど口にしません、「そうどすなあ」と微笑んではいますが、何を考えているのかさっぱりわかりません。
京都の女の人にいそうな感じで(←偏見)、これがまた玲瓏たる和風美人とくるから困ったもんです(何が)。

姉の幸子をして「雪子ちゃんは黙ってて何でも自分の思うことを通さな措かん人やわ」(259ページ)と言わしめるほどであり
はんなりとした風情のしたに激しく強固なものを持っているようです。
かなりめんどくさい人ですね。

全体に浮世離れした風雅な小説ですが、姉妹が病気になったりするところでは妙にビロウな表現が頻出します。
美人姉妹、赤痢になったり下痢をしたりするんですよ、谷潤容赦ない。
小説は、華族との縁談がまとまった雪子が上京する場面で終わりますが、このときも雪子は下痢をしていて、

 下痢はとうとうその日も止まらず、汽車に乗ってからもまだ続いていた。(929ページ)

という身も蓋もない一文でこの大長編小説は幕を閉じるのです。
ちなみにこの縁談に対する雪子自身の気持ちもはっきりせず、まとまって嬉しいのか嫌なのか読んでいてもよくわかりません。
ほんとに何考えてるんだこの女は! はっきりせい! でも美人だからなあ・・・(情けない奴)。

そんな雪子ですが、終盤で唯一長広舌をふるう箇所があり、それは妹・妙子の男関係を厳しく批判するところ。
おもわず「雪子がしゃべった!」と叫んでしまいました(←ハイジっぽいノリで)。
それにしても実の妹とはいえ本人を目の前にしてこんなこと言えるんだから、怖い人です。

 「利用できるうちは先途利用しといて、もう利用価値ないようになったいうて、低能の坊々にええ口があるやたら、一人で満州に行ってしまえやたら、
 ようそんなことが云えたもんや思うわ」
(826ページ)

その妙子は、物心ついたときから蒔岡家は没落しかけており、自立を目指して手に職をつけようと人形作りや洋裁を勉強しますが、お嬢様育ちが抜けきらずどこか中途半端。
当時良家の女性は家事・育児に専念するのが当然で、 職業を持つのは貧乏なためにやむを得ずする恥かしい事と考えられていたため、
旧家意識の抜けない姉たちと衝突、あげく悲しい運命に見舞われます。


小説は昭和16年4月末で終わります。
数か月後には真珠湾攻撃が起こり、太平洋戦争が始まります。
四人姉妹は戦中戦後をどのように生きぬいたのでしょう。
執筆終了は昭和23年なので、戦後の状況も書こうと思えば書けたはずですが、あえて筆を止めて読者の想像に任せる・・・谷潤、ニクイですね。

なお、私はこの本を読んでどうしても「奈良ホテル」に泊まってみたくなり、次の休みに予約を取ってしまいました。

(2019.12.29.)

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