高橋昌一郎/理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性
(講談社現代新書 2008年)



Amazon.co.jp : 理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書)


私たち人間は、何を、どこまで、どのようにして知ることができるのか?
いつか将来、あらゆる問題を理性的に解決できる日が来るのか?
あるいは、人間の理性には、永遠に超えられない限界があるのか?
従来、哲学で扱われてきたこれらの難問に、多様な視点から切り込んだ議論は、
アロウの不可能性定理からハイゼンベルクの不確定性原理、
さらにゲーデルの不完全性定理へと展開し、
人類の到達した「選択」「科学」「知識」の限界論の核心を明らかにする。
そして、覗きこんだ自然界の中心に見えてきたのは…。


「抜きうちテストのパラドックス」をご存知ですか?

月曜日から金曜日まで5日間連続で、集中講義が行われます。
講師は講義の前に学生に告げます。

 「月曜から金曜までのいずれかの日に抜きうちテストを行うが、抜きうちテストだから、どの日にテストを行うかは、直前までわからない」

そこで女子大生A子さんは考えます。

 もし木曜日の講義が終わった時点でテストが行われていなければ、テストは金曜日ってことね。
 でもそれでは「どの日にテストを行うかは、直前までわからない」ことに反するわ。
 つまり金曜日にテストを行うことはできないってわけね!
 それでは水曜日の講義が終わった時点でテストが行われていなければどうかしら。
 金曜日に行えないことは明らかだから、木曜日に行うしかないじゃない!
 でもこれも「どの日にテストを行うかは、直前までわからない」ことに反するわねー。
 やっぱり木曜日にもテストはできないじゃない。

以後順番に考えていくと、どの日にもテストは行えないのです!
A子さんはすっかり安心、テストの準備はなんにもしませんでした。

ところが水曜日に(何曜日でもいいのですが)、講師は「それでは今からテストをはじめます」と宣言、油断していたA子さんはびっくり仰天した、という話です。
彼女の考え方はどこが間違っていたのでしょうか?

これが実は論理学の大問題だということをこの本で知ってちょっとびっくり。
そして、このパラドックスに関する、まずまず納得のいく説明を、はじめて読むことができました(完全にではありませんが、これは私の頭のほうが不完全なのかもしれません)


この本は、「理性の限界」をテーマにした架空の討論会、という形式で書かれています。
科学や学問は、最終的には森羅万象あらゆることを解き明かすことが可能なのだろうか?
という問題に真っ向から取り組みながら、びっくりするほと読みやすいです。

さまざまな学者のほかに、会社員、運動選手、女子大生など一般の人も登場し、
「そこ分かりません」と突っ込みを入れてくれ、「それでは分かりやすく説明しましょう」となるので
われわれ素人でもついていくことができます。
「フランス国粋主義者」「ロマン主義者」などわけのわからないキャラも登場して、ときたま寒いギャグを飛ばしてくれます。
まるでこのHPのようです。

この本で明らかにされる限界は主に3つ。

@民主的選択の限界:完全に民主的な決定を下すのは不可能である(アロウの不可能性定理)。
 ・・・ということがすでに「証明」されているのだそうです。びっくりしました。
   選挙が必ずしも民意を反映しないことはうすうす気がついていましたが、なんと「証明」されているとは・・・。
   民主主義には限界があるのですね。

A科学の限界:物質の位置と運動量を同時に確定することはできない(ハイゼンベルクの不確定性原理)
 ・・・これは一応知ってました。電子の位置を測定しようとすれば、電子を「見る」ために光をあてる必要がありますが、
   あてた光のエネルギーによって電子の運動量が変化してしまうのです。
   あらゆる観測精度には限界があるわけです。

B論理の限界:自然数論には証明も反証もできない命題が存在する(ゲーデルの不完全性定理)
 ・・・ゲーデルは以前本で読んだことがあります。
   要するに数学や論理学の体系には、絶対に証明できない問題が宿命的に存在する、ということです。
   これらの問題は学問がどんなに進歩しても絶対証明不可能で、そういう問題が「存在する」ことを、ゲーデルは証明したのです。
   数学にも限界があるのです。

   論理学では、たとえば「私はいま嘘を言っている」という言葉。
   嘘を言っているのだから「嘘を言っている」ことは嘘であり、じつは本当のことを言っていて アレ?
   ということになり論理的に矛盾、正しくもなければ誤っているともいえない、つまり証明も反証もできません。
   こういうのを「ゲーデル命題」と言うのだそうです。


「4以上のすべての偶数は二つの素数の和で表すことができる」という、「ゴールドバッハの予想」という有名な未解決命題があります。
4=2+2、6=3+3、8=3+5、10=5+5、12=5+7、14=7+7、16=5+11、18=5+13、20=7+13・・・
この予想は数十億桁の偶数まで成立することがわかっているのですが、まだ証明されていません。
ひょっとするとこれは、「そもそも証明できないゲーデル命題なのではないか」と言われているそうです。

いやー、たまらなく刺激的な本でした。
要するにこの世は根本的には不確定であり、不確実であり、非合理的。
結論として、どんなに科学や社会が進歩しても、そこにはおのずから限界があり、すべてが解き明かされたり、すべての人が満足することは決してありえないのです。
それらを自覚したうえで、少しでも多くを解き明かし、少しでも多くの人を満足させることが人間には求められているのですね。

おお、きれいにまとまった!

(10.1.4.)

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