ネビル・シュート/パイド・パイパー(1942)
(創元推理文庫 2002年)


Amazon.co.jo : パイド・パイパー - 自由への越境


爺さん、あんた最高だよ

<ストーリー>
 1940年の夏、引退した弁護士・ジョン・ハワードは、ひとりフランスの山村に釣りに出かけました。
 しかし「ドイツ軍、フランス国境に迫る」の報に、急いで帰国することにしたハワード、
 同じホテルに泊まっていた国際連盟職員の夫婦に頼まれて、ふたりの子供をいっしょに連れ帰ることに。
 さらにホテルのメイドの姪や、空襲で両親を失った孤児など、どういうわけか子供の連れが増えてゆきます。
 いっぽうドイツ軍はみるみるうちにフランス全土を制圧、ハワード一行は無事イギリスに渡れるのでしょうか・・・?


老人と子供が主人公の戦争冒険小説とは!!

絵に描いたようなイギリス紳士のハワードは、断りきれずに子連れの旅をすることに。
ところが女の子はいきなり熱を出すわ、鉄道は動いていないわ、バスは空襲されるわ、
その空襲で両親を失った子供を拾ってしまうわ、ドイツ軍は「イギリス人狩り」を始めるわ、大変なことになってきます。
内心あせりまくりながらも、子供たちを心配させないように落ち着き顔で、苦難の旅を続けるハワード。
最終的にイギリスに帰れるようになるくだりは少々ご都合主義的ですが、
敵役のドイツ人のほうにも人間味を持たせ、ほろりとさせてくれます。

戦火たけなわの1942年の作品というのが驚き。
戦争の帰趨もまだわからないこの時期に、こんな作品を書くなんて、肝のすわった人です。
戦意高揚とか、鬼畜米英(あ、違うか)といったスローガン的な雰囲気はなく、
それどころか敵味方も関係なく、ただただ「子供たちを救う」ことをメイン・テーマにした冒険小説。
「オトナだなあ」そして「余裕だなあ」。 当時のイギリスという国の底力か。

印象深い文章にもあちこちで出会えます。
たとえば出発の朝の描写。
「・・・ここ数ヶ月、これほど気持ちのいい朝を迎えたことはない。
 はじめて自分に責任が生じたためであることに、彼は気がついていなかった」(49ページ)

つまりこの小説は、人生の目標を失ったハワードが、あらためて生きる意味を見出す物語でもあるわけで、
その点は途中から旅の道連れとなるヒロイン・ニコルも同様。

ところで、「パイド・パイパー」とは、「ハーメルンの笛吹き」のこと。
たくさんの子供を引き連れてイギリスを目指す主人公をたとえているわけですが、
タイトルひとつにもイギリス風ユーモアが感じられます。

著者のネビル・シュートは、核戦争で人類が滅びる「渚にて」という作品で有名な作家。
「渚にて」は、冷静に死を受け入れる登場人物たちがちょっとウソっぽかったのですが、
「パイド・パイパー」のハワードも、ドイツ軍に「殺すぞ」と脅されても眉毛ひとつ動かしません。
なんと誇り高く、カッコいい爺さまであることよ。
「死に臨んでなお冷静な人間」を描くのが好きなのかな、この人。
読後感がさわやかなのもグッドでした。

(04.4.11.記)


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