T・E・カーハート/パリ左岸のピアノ工房(新潮社 2001年)
<ストーリー>
アメリカからパリに移り住んだ、もの書きの「私」、
子供を幼稚園に送り迎えする途中に、ちいさなピアノ修理工房を見つけます。
好奇心に駆られてのぞきこむと、 一見小さな入り口の向こうには、
ピアノやピアノの部品で埋め尽くされた広いアトリエがありました。
・・・奥行きがあり、幅も広く、ガラスの天井から降りそそぐ光があふれていた。
(中略)アップライトやスピネット、あらゆるサイズのグランド・ピアノ。
磨き上げられた黒やマホガニー、明るい色の素材でできた象嵌細工を施したもの、
じつにさまざまな色合いのピアノが大量に立ちならんでいた。(13ページ)
私はここでピアノを買い、子供のころ習っていたピアノのレッスンを再開します。
さて、この本の中で起こるもっとも劇的な出来事は、
主人公がシュティングルの中古ピアノを買い、20年ぶりにピアノを習い始めること。
ただそれだけの本、と言ってしまえば話はそれまで・・・。
工房の主人リュックは、いろんなところから仕入れてきたピアノをきれいに修理して売ります。
ピアノを愛し、すべてを知り尽くした男です。
ここにやってくるたくさんのピアノは、彼にとっては妖精のようなもので、
彼はその妖精たちとしばらく一緒に暮らして、再びここを出て行くまで世話をする(33ページ)
ピアノを大切にしてくれる人にしか売らないので、主人公も最初は相手にしてもらえません。
そして彼を取り巻く愛すべき人物たち。
ジョスは非常に腕の良い調律師ですが、午後はいつも酔っ払っているので
午前中に仕事をしてもらわなければなりません。
近所に住む長い黒髪の女性・マティルドは、イギリスに住んでいた時に弾いていたピアノを探し続けています。
ピアノ教師・アンナは、「ただ自分の楽しみのために弾きたい」という主人公の希望を理解してくれ、
無理なくレッスンをすすめてくれます。
とくに、主人公の家にほとんどひとりでピアノを運び込む運送屋の巨漢男は、
登場場面はごく短いですが、強烈な印象を残します。
エッセイ風私小説、という感じの静かな物語です。
彼らとピアノをめぐる物語の合間に、ピアノという楽器の歴史や、メカニズムについて巧みに語り、
読み終わったときにはちょっとしたピアノ通になっています。
淡い読後感には、少々物足りない気分にさせられますが、
何日かたってもふと、リュックのピアノ工房の様子を思い浮かべてしまいます。
そして、だんだんピアノが弾きたくなってきます。
え、弾けるのかって? ・・・まあ、バイエルと「猫ふんじゃった」くらいなら・・・。
うーむ、この本の余韻にひたるには、少々不適切な選曲ですかなぁ。
ピアノという楽器 兼 芸術品に捧げたオマージュのような一冊でした。
(03.11.9.記)