クリスチャン・メルラン/オーケストラ 知りたかったことのすべて(2012)
(藤本優子・山田浩之 訳 みすず書房 2020年)
Amazon : オーケストラー―知りたかったことのすべて
オーケストラや楽団員や指揮者のあらゆる情報を満載。
楽団員はなぜその道を選んだのか
オーケストラはどのように運営され、組織図や人間関係はどうなっているか
演奏中ほぼ弾きつづけるヴァイオリン奏者と演奏機会の少ないハープなどの奏者の給料は同じなのか
定年までに450回も同じ曲を演奏するというのはどんな経験か
ヴィオラ奏者の思い/ティンパニの役割とは etc. etc.
ここまで書いちゃっていいんでしょうか!?
クリスチャン・メルラン/オーケストラ 知りたかったことのすべて
著者はフランス人で、「フィガロ」紙の音楽評論担当。
この人、フランスやドイツのオーケストラ団員すべてと知り合いなんじゃないでしょうか。
ちなみにフランスにはプロのオーケストラは約30、ドイツには130以上あるそうです。
本書はオーケストラについて、演奏家&指揮者の側から語って語って語りまくった厚さ4p以上の本です。
もっとも内容はウラ話満載、それもほとんど実名なので、高尚さからはほど遠く、どちらかといえば「下世話」。
「下品」ですらあります。
つまり、めっぽう面白いってことです。
しかも徹頭徹尾「中の人」目線であり、リスナー視点は完全に排除されているところがかえって新鮮で興味深い。
特に面白いのが第3部「指揮者との関係」で、どの指揮者と楽団(あるいは奏者)が相性が悪く、犬猿の仲、不倶戴天の敵であるかをバラしてます。
セミヨン・ビシュコフの指揮した「幻想交響曲」について、フランソワ・デュパン(パリ管弦楽団の打楽器奏者)に聞いたところ「まさに幻想的なつまらなさだ」と言ったとか(514ページ)、
ロンドン・フィルハーモニーはヴェルザー・メストを”Worse Than Most"(超最悪)というあだ名で呼んでいたとか(515ページ)。
ロリン・マゼールはフランス国立管弦楽団の音楽監督でしたが、1980年代アメリカ巡業中に突然仲違いし、途中から指揮を拒否、完全に縁切り。
マゼールの公式な伝記からは、フランス国立管弦楽団を指揮していた年代の記事は抹消されているとか(501ページ)。
指揮者の暴君ぶりを表すエピソードもあり、
パリ国立管弦楽団のクラリネット、ロマン・ギヨーは、ソロを終えたところでジョルジュ・プレートルに口汚くののしられ、泣きながらリハーサルから逃げ出したことがある。
「あれほどひどい言葉を聞かされたのは生まれて初めてのことでした」 15年が過ぎた今でも心の傷がいえることはないという(484ページ)。
・・・もろにパワハラですがな。
著者自身も相当言いたい放題で、
「ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団がアダム・フィッシャーやペーター・シュナイダーのような凡庸な指揮者と相性がいいのもこのような理由からだろう。
指揮棒の動きは正確だが想像力にかけた指揮者であれば、楽団員はそれまでの習慣を守ったまま、穏やかな気持ちで演奏できる」(455ページ)
・・・指揮棒で刺されても知りませんよ。
読み終えて思うのは、偉大な指揮者も演奏家も結局は人間、長所もあれば短所もあり、卑劣な俗物もいれば人格者もいる、しかし神様はいないということ。
要するに我々一般人が生息する社会と、何ら変わるところがない・・・・・・と言ってしまっちゃオシマイですが。
知識があればあるほど楽しめるとは思いますが、ゴシップが多いのでクラシック音楽好きなら誰が読んでもそれなりに面白いはず。
巻末には詳細な索引があり、お目当ての指揮者や奏者が登場するページを簡単に見つけることができます。
(2020.05.21.)
楽団員ジョーク
「指揮者もコンドームも同じようなものだ。ないほうがうれしいが、あればあったで安心だ」(443ページ)