片山杜秀/鬼子の歌 偏愛音楽的日本近現代史
(講談社 2019年)



Amazon : 鬼子の歌 偏愛音楽的日本近現代史


「クラシック音楽」で読む日本の近現代100年。
山田耕筰、伊福部昭、黛敏郎、三善晃――。
怒濤の近現代を生きた音楽家の作品を辿りながら、この国の歩みに迫る鬼才の本気に刮目せよ!
政治思想史家にして音楽評論家である著者が、14の作曲家の名曲から日本近現代史を解説する。


片山杜秀/鬼子の歌 偏愛音楽的日本近現代史

読むのに一ヶ月くらいかかってしまった・・・。

日本の現代音楽について、作曲家別に語った本です。
分厚いです、重いです、お値段も張ります。
奇妙なタイトルは、著者の次のような言葉に由来します。

 「山田耕筰以来、文学や美術と同じ水準で、クラシック音楽が書き続けられてきました。大変な試行錯誤の中で、日本ならではの名曲が生まれてきたと、私は思います。
  でも世間はそちらにあまりにも関心をもたない。シンフォニーやソナタだと、言葉の壁がない分、日本の好楽家は、いきなり西洋の名曲に行ってしまう。
  そういう一種の構造的必然によって、日本のクラシック音楽からは漱石や鴎外や芥川龍之介に相当する作曲家がいたとしても、そのように遇されないできている。
  完全な鬼子扱いである。そこがくやしいじゃないか。そう、私は思っておりまして」

取り上げられる作曲家は14名。
著者の好みが色濃く反映、深井史郎、戸田邦雄といった(失礼ながら)それほど有名ではない作曲家が取り上げられる一方で、
武満徹、芥川也寸志、團伊玖磨、矢代秋雄などの章はありません(脇役としてはあちこちに登場しますが)。

音楽評論家であると同時に政治思想学者である片山杜秀らしく、社会状況や政治情勢を絡めて立体的に鋭く分析、
音楽と社会のかかわりについていやおうなく考えさせられてしまい、いやあ疲れる疲れる。

留学してヨーロッパで学んだ結果、背景の全く違う日本人が、西洋の技法を学んで同じものを作ることに意味があるのか、という疑問を抱き葛藤する山田耕作
戦時中に軍の命令で放射線を研究していて放射線障害に倒れた伊福部昭が戦後、放射能怪獣「ゴジラ」のテーマを作曲したことはどんな意味があるか。
戦時中に機銃掃射に襲われすぐ隣にいた友人が死んだ記憶を持つ三善晃の音楽にはその経験がどのような影を落としているか。

歯ごたえある内容をたっぷり盛り込んだ硬派の論文集です。
文学、映画、演劇、TVアニメなどにも触れていて、戦後日本文化史的側面も。
とくに三島由紀夫はあちこちに登場します。
音楽家とのかかわりが深かったのね。

ただし、日本の現代音楽に興味がない人が読んでもさっぱり面白くないことは保証します。
あくまでもマニアのためのマニアックな書物であります。

(2019.03.19.)

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