早川良一郎/さみしいネコ
(みすず書房 2005年)



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親分:ふと気まぐれで読んだエッセイに不覚にもはまってしまった。

ガラッ八:早川良一郎「さみしいネコ」でやんすか。

親分:著者・早川良一郎は1919年東京生まれ(今年は生誕100年)。
  麻布小学校から麻布中学校へ進むが中退してロンドン大学に遊学。帰国後に日本大学文学部仏文科卒業。
  第二次世界大戦では徴兵され満州へ送られ、戦後は経団連事務局に勤務、1979年定年退職。
  『けむりのゆくえ』(1974)で第22回日本エッセイスト・クラブ賞受賞。1991年没。

ガラッ八:立派な経歴の人でやんすね〜、威厳のある偉そうなオッサンを想像するんですが。

親分:それが出世には興味がなく、サラリーマン時代は「無位無冠」を貫いたと自ら語っている。
  経団連勤務といっても一介の事務員であり、定年退職後も天下りなどはせず、「ルンペン」を自称した。

ガラッ八:現代だと「不適切な用語」と言われるやつでやんす。

親分:といっても別にホームレスってわけじゃなく、奥さん、娘さんと仲良く暮らし、
  愛犬チョビと散歩し、銀座をぶらぶらし、友人とパイプをふかし、酒は飲まない(飲めない)という生活を淡々と送った。
  本書「さみしいネコ」(1981年初版)は、定年退職後に書かれたエッセイを集めたものだ。

ガラッ八:定年後といえば、奥さんと海外旅行に行ったり、趣味に打ち込んだりするもんじゃないですか。

親分:それがこの人、これといってなんにもしない、しいて言えば寝坊と散歩くらいだ。

ガラッ八:それでよくエッセイが書けるもんですね。

親分:うん、不思議なことに、面白くて味のあるエッセイなんだよな、これが。
  定年後の生活について、

 「毎日ぶらぶらしている生活だから退屈かというと、そうでもない。勤めていた頃、仕事が暇になって、ただ椅子に掛けている方がよっぽど退屈であった」(193ページ)
 
  とも書いている。

ガラッ八:なかなか味のあるお言葉でやんす。

親分:「人間、地位もお金もなくったって、自分でご飯が食べられ、自分でお便所へ行けるってのが何よりも幸福ですね」(187ページ)なんてセリフもあるが、
  お年寄りを見ているとこれはホント実感するよ、若い人には「なんじゃそれは」と言われそうだけど。

ガラッ八:ほかにはどんなのがありますか。

親分:「お金があってぜいたくをするということはバカでもできることですよ。いかにお金をかけずに人生を楽しむかということが本当のぜいたくというものです」(111ページ)

ガラッ八:うーむ、深い、深いでやんす。

親分:群れることを好まず、党派や派閥などには興味を示さず、淡々と静かな人生を送った人らしい。
  しかしこの本、ちょっと困ったところがある。

ガラッ八:そりゃなんなんで。

親分:定年後の生活があんまり楽しそうで、退職したくてたまらなくなってくるんだよ!

ガラッ八:といっても親分の定年はまだ先でしょう。

親分:そうだよ!

ガラッ八:しかも仕事辞めたら食っていけないでしょう。

親分:わかってるよ! だから辛いんだよ! あ〜、仕事辞めたいよ〜。

(2019.08.17.)


「定年後、いつもの出勤時刻に目が覚めると言うけれど、嘘だろう。よく眠れ、よく寝坊する。なにしろ夜寝るとき、明日を思いわずらわないで寝られるのである」(13ページ)

「毎日が日曜日という言葉がある。しかし、あれは定年退職の経験のない人がつくったのではないかと思う。毎日が日曜日ではない、毎日がお正月である」(15ページ)

「定年になると、もとの勤めが失われたふるさとのようになつかしく思い出されるものだろうか。私はまだそのような気持ちにならない。
 なんだかこのまんま定年も勤め先も忘れてしまうんじゃないかと思える」
(52ページ)


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