朝倉かすみ/夏目家順路
(文芸春秋 2010年)




Amazon.co.jp : 夏目家順路


夏目清茂は、めでたい男だ。いつも、だいたい、機嫌がよろしい。
背はそんなに高くないが、胸板が厚く、腕を振ってぐいぐい歩く。
いよーし、いっちょやってやるかという雰囲気が立ちのぼるのは、
視線を顔ごと左右に振り分けるからである。しかも顎を上げている。
だから、おれはいま歩いているぞと行き交うひとびとに宣言しているように見えるのだった。
(中略)七十四歳。生年月日は昭和十年一月一日。一年で、もっともめでたい日だ。

(4ページ)


気がつくと今年もあと10日ほど。
そろそろ年賀状でも書かなくちゃ・・・なのですが、時間がないっ!

忘年会がいくつもあったし(もう大体終わったけど)
読まなきゃいけない本はたくさんあるし、
聴かなきゃいけないCDもたくさんあるし、
ホームページも更新しないといけないし(←してないくせに)
その合間に仕事もしなくてはいけないので、なかなか忙しいのです。

というか今週はその仕事が結構大変、疲れます。
家に帰りつくと、ぐったり。
「もう疲れたよ、パトラッシュ」とつぶやいてそのまま眠ってしまいたくなりますが、
ビールで晩酌しているとだんだん元気になってくるどうしようもないオッサンです。


さて、最近読んだなかでもっとも心に残った一冊。

 朝倉かすみ「夏目家順路」

夏目漱石とその家族を題材にしたエッセイかと思わせるタイトルですが、漱石関係ありません。

74歳の元ブリキ職人・夏目清茂の人生を、さまざまな角度から描く長編小説。
べつに成功者ではなく、有名人でもない、なまりのきつい、朴訥な男です。
人から見ると、あまり幸せとは言えない人生かもしれませんが、それでも本人は機嫌よく日々を送っています。


 「だいたいのことはなんとかなるからな!」
 威勢よくいっておいて、すぐにこう訂正した。
 「どもこもならんこともあるけどな」
 (127ページ)


単純素朴な愛すべき男の人生に寄り添いながら、読者である私も自分の人生や家族にふと思いをはせてしまいました。
将来こんな年寄りになりたいと思ってしまいました。
「生きることの意味」みたいなものまで垣間見える気がします。

後半、清茂に縁のある人々が彼に思いをはせるところが、身震いするほどに素晴らしかったです。
隣人・光一郎の回想、「トッチ」の後悔、孫娘のつぶやき・・・自分の人生を見事に生ききった男の物語に心が満たされました。

「田村はまだか」でも思ったのですが、朝倉かすみさんの文章は、リズムが快いですね。
センテンスは短く、句読点が多く、歯切れが良い。
思わず口ずさみたくなる、詩のような文章、素敵でした。

(10.12.22.)


わたしのノートやわたしのなかに、おじいちゃんの永遠がたくさんある。
おじいちゃんは死ぬまで毎日生きてきた。わたしも死ぬまで毎日生きる。
きょうは、もう、きのうに変わってしまった。
(中略)こうしてわたしの人生はつづくのではないか。
二度と動かなくなるまで。かたまってしまうまで。
いやがおうでもつづく。じつは永遠につづく。どこまでもいく。いけるところまでいく。

(205ページ)


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