中野 雄/音楽家になるには
(ぺりかん社、2002年)



Amazon.co.jp : 音楽家になるには


べつに今から音楽家になろうと思っているわけではありません(なれないって)。
クラシック音楽業界の裏事情が垣間見られるかな、と手にとった本です。
ただ、著者が「丸山眞男・音楽の対話」[クラシックCDの名盤」(ともに文春新書)中野 雄氏なので、
ひょっとすると単なる HOW TO本ではないかもしれない、と思ったら案の定。
音楽家とはいかにあるべきかを、わかりやすく説いたエッセイ、ともいえる一冊です。
普通のクラシック・ファンが読んでも充分面白いです。

まず、一流の音楽家たちが、いかに真剣に音楽に向き合っているのか、
諏訪内晶子、小山実稚恵、小澤征爾などの例をあげて説明してくれます。
「昨日よりは今日、今日よりは明日」と、日々研鑚をおこたらないその姿、迫力あります。
天才とは、他人の5倍努力することが苦にならない人なんですね。
興味を引かれたのは、諏訪内晶子さんが専門家について筋肉トレーニングをしているという噂。
ご本人も「腕や背中の筋肉のつき方でヴァイオリンの音は変わりますし、
音は背骨などにも敏感に共鳴しますから(22ページ)」
とおっしゃっておられるそうで、
一流のスポーツ選手に通じるものがあります。

さて、この本のひとつの柱となっているのが、演奏論です。
最近の「楽譜に忠実」主義の弊害として、
書かれてある音符を正確に音にすれば、それでいいのだ、という考え方が世界中に広まり、
 間違いなく弾くことだけを目標にする人が、演奏家のみならず、教師の間にも増えてしまった」

と嘆き、
「正確に弾くのはもちろん大切なことであるが、それだけでは音楽にはならない。
 文章を朗読することを考えてもらえば
(中略)、仮に一字一句正確に発音したとしても、
 何の感情移入も行わないで棒読みに読み下してしまったら聞く人はどう思うか。
 言葉は何の感動を呼び起こすこともなく宙に消える」(76ページ)

・・・これはなかなかわかりやすいたとえ。
要するに、アナウンサーがニュース原稿を読んでるような演奏が多いってことですね。

では、どう弾けばよいのか、については、
「この曲はこういう音楽だと思います。だから私はこう弾きたい」(112ページ)という意志と、
この曲を弾くことで、何をどう表現したいのかをしっかり自覚することが第一、です
(素人ながら私も同感)

一方、現実的な話も。.
ギャラの話です。
「公演事業資料・2002年版」によると、
諏訪内晶子さんはワンステージ330万円、中村紘子さん220万円、錦織健さん90万円とあります。
こんなこと書いちゃっていいのかな、とも思いますが、
全国公立文化施設協会発行の公の資料とのこと。
また、
「都内の中堅クラスのオーケストラの平団員で40歳くらいの場合、月収40万円くらい」
アルバイト収入は別ですが、特殊技術の持ち主であることを考えれば、もう少し高くてもいいような気も。
そして
「各地の音楽関係の学校を卒業するピアニストのタマゴが(毎年?)数千人」
だから、国内のコンクールで優勝しても仕事がない、というシビアな話もまた現実。

最後の章には「音大不要論」も述べられます。
ピアニスト内田光子の言葉を引用するかたちで、
「学校なんて、およそ自分では何も出来ない、要領の悪い若者が行くところですよ。
 それに、先生の言うことはみんな正しいなんて思うのは大間違い。
(中略)
 バッハのことはバッハ自身に学べばいちばんいいんです。
 バッハに挑むときには、マタイ、ヨハネの両受難曲から宗教作品、
 カンタータやコラールを徹底的に聴き、 勉強しなさい。
(中略)
 彼の鍵盤音楽はどう弾かねばならないのか、 自然にわかるはずです。」(170ページ)

著者の真意は、音楽家の本当の勉強は、学校を出てから始まるのだし、それからも一生勉強。
大学での4年間で勉強できることなんて、たかがしれている、ということのようですが・・・
(音楽に限らず、なんでもそうだと思います)。
それでいて巻末に、
「主な音楽系大学一覧」が載っているのがちょっと可笑しい。

音大や音楽家を目指す若い人向けに書かれた本ではありますが、
クラシック音楽が好きな人なら楽しく読める(でもちょっと考えさせられる)本でした。

(02.5.28.記)



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