アンリ・トロワイヤ/仮面の商人(1993)
(小笠原豊樹・訳 小学館文庫 2014)



Amazon.co.jp : 仮面の商人 (小学館文庫)

<ストーリー>
1935年のパリ、第1作を発表したばかりの内気な作家ヴァランタン・サラゴスは、
さんざんな悪評に落ち込むも、公務員として働きながら第2作を執筆中。
いやいや出かけた社交界のパーティーで、彼の作品の真価を見抜く知的な上流夫人・エミリエンヌに出会う。
彼女との激しい恋、そして破局・・・・・・。
時は流れて1992年、50数年前に短い生涯を終えたサラゴスは夭折の天才作家として有名になっていた。
サラゴスの甥・アドリアンは、自分が生まれた年に死んだ偉大な叔父の評伝を書こうとするが・・・・・・。


真実に価値はあるか?


アンリ・トロワイヤ(1911〜2007)。
ロシア生まれ、革命後に一家でパリに逃れ、終生フランスで活躍した作家。
「女帝エカテリーナ」「イヴァン雷帝」などの、ロシアもの評伝を多く著しています。
といっても私が読んだことがあるのは、池田理代子が漫画化した「女帝エカテリーナ」 (傑作!)だけですが。

トロワイヤは評伝だけでなく小説も多く書き、晩年まで第一線で活動、フランスでは巨匠扱いらしいです。
でも日本ではあまり知られていないような。
「トロは嫌」なところが、日本人の気持ちに合わないんでしょうか(←本書の解説から盗用)。

「仮面の商人」は本邦初訳、いきなり文庫で出してくれるとは嬉しい限り。
内容も軽妙で、気軽に読める小説です。

内気で気難しい青年作家サラゴスの苦悩と恋を描く第1部は、ストレートな文学小説。
1930年代パリの文壇・社交界の様子が生き生きと描写されます。
トロワイヤ自身、この時代にパリで新人作家として活動していたわけですね。

第2部は1992年。
サラゴスが死んだ年に生まれた甥が、「夭折の天才作家」である叔父の評伝を書こうとする話。
サラゴスの短い生涯については、資料があまり残っておらず、謎が多いのです。
生前のサラゴスを知る人を訪ね歩き、証言を集めますが、みな年老いているうえに自分に都合の良い話しかしないので、
だんだん妙なことになってゆきます。

それでもなんとか完成した評伝を刊行しようとしたところで皮肉な結末が訪れる、短い第3部。

見事な構成と巧みな語り(騙り?)を堪能しました。
自身数多くの評伝を書いてきたトロワイヤが、晩年にいたってこのような小説を書く興味深さ。
自分の業績をまとめておちょくるかのような豪快なうっちゃり、どこまで自己を客観視できているんだこの人。

 「真実とは何ぞや?」

 「真実に価値はあるのか?」


を、皮肉な笑みで問いかけてくるこの小説、軽く読めますが、尾を引きます。

簡潔で読みやすい訳文も素晴らしいです。
なお訳者の小笠原豊樹氏は、本書の刊行後まもなく、2014年12月2日に世を去られたそうです。

(2015.1.3.)

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