ベートーヴェンの音楽を、一つのジャンルだけ残して、あと全部聴けなくなるとしたら、どれを残しますか?
私は弦楽四重奏曲を選びます。
前期の6曲も、中期のラズモフスキー3部作も、ハープ、セリオーソも、すべて良いけれど、
とくに後期(第12番から第16番)の素晴らしさは筆舌に尽くしがたいものが。
じつは最初はとっつきにくくて難解な音楽としか思えなかったのですが、
何度か聴くうちに「なんて美しい音楽だろう」と思うようになり、いまでは「これこそ最も深遠で崇高な音楽だ!」とまで思っています。
これ以上思い詰めないようにしたいものです。
さて、「稀代の名盤」と言われながら、永らく廃盤で入手困難となっていた
ラ・サール四重奏団の、ベートーヴェン/後期弦楽四重奏曲集 が、
ブリリアント・レーベルから廉価で発売されました。ありがたや、ありがたや。
ラ・サール四重奏団はアメリカで結成され、20世紀音楽を得意とした四重奏団。
「新ウィーン楽派の弦楽四重奏曲集」「ツェムリンスキー/弦楽四重奏曲全集」などの名盤を残しています。
このセットは、1973年から77年にかけて録音された、彼らの唯一のベートーヴェンです。
さて、どんな演奏でしょう・・・。
うわわわ、なんという厳しくも激しい演奏!
第12番の最初の和音から並々ならぬ気迫、鳥肌が立ちます。
そして容赦なくぐいぐい突き進む推進力、怖いくらいです。
小さな子供に聴かせたら泣き出すんじゃないでしょうか。
「いい子にしないとラ・サール四重奏団が来るよっ!」 「うえーん、ごめんなさい〜」
細部までゆるがせにせず、がっちりと構築された硬派のベートーヴェン。
「ゆとり」「あそび」「親密さ」「愛想」といった言葉はこの人たちの辞書にはなさそうです。
しかし、急速楽章の峻烈で鋼のようなたくましさ、緩徐楽章の深い祈りと崇高さ、ともに素晴らしいものが。
そして「大フーガ」、まるで現代音楽のように聴こえます。
ターミネイターが4人集まって弾いている光景が目に浮かぶんですが・・・。
なにもそんなに喧嘩腰にならなくても・・・と言いたくなる箇所続出の、迫力満点壮絶演奏。
もちろんテクニックも最高です。
「最近、辛口のベートーヴェンが少なくなった」とお嘆きの貴兄に、ラ・サール四重奏団をオススメいたします。
弦楽四重奏曲第12番 第1楽章 (緻密で強靭な演奏)
弦楽四重奏曲第14番 第7楽章 (峻厳で張り詰めた世界)
(10.6.3.)