殊能将之/黒い仏
(講談社ノベルズ、2001年)




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今、日本のミステリ作家の中で、一番注目しているのが殊能将之さん。
デビュー作「ハサミ男」(1999)は、ちょっとひねったサイコ・ミステリ。
いわゆる叙述トリックが仕掛けられているのですが、
一部で騒がれているほど凄い作品とは(おこがましくも)思えませんでした。

でも何となく感じるものがあったので、第2作「美濃牛(Minotaur)」(2000)も読んだところ
これには完全にノックアウト。
岐阜の田舎の旧家で起こる「連続見立て殺人」という、もろ横溝正史風アナクロな骨組みの中に
いろんなネタを、お遊びを、どーでもいい知識を、ぶち込む、ぶち込む。
万華鏡のような「過剰ディレッタント趣味のミステリ」(どんなんや?)
タイトルから連想されるように、「ミノタウロス伝説」を下敷きにしているかと思えば、
殺人事件のさなかに事件関係者で「句会」を催す遊び心など、なんとも言えません。

この句会のシーンがとても面白いのです。
一応、あとで事件とも関連付けられるんですが、ちょっととってつけたみたいで、
殊能さん、ただ楽しいからこの句会を書きたかったんじゃないかと推測します。
作者の博識と軽妙な語り口に酔わされました。500ページを超える堂々たる本格もの。

で、第3作がこの「黒い仏」。なんと前作の半分以下の薄さ。読みやすそ〜。
前作で登場した、金田一耕助ふう飄々系名探偵、石動戯作(いするぎぎさく)が再び登場、
福岡県のある寺にあったはずの秘宝を探すことを依頼されます。
助手のアントニオ(なぜか中国人)とともに寺に乗り込む石動。
そのころ福岡市の古ぼけたアパートの一室で、若い男の絞殺死体が発見されます。
被害者はそこの住人らしいのに部屋には身元を示すものは何ひとつなく、
さらに驚いたことに部屋からは一切の指紋がぬぐいさられていました。
警察による殺人事件の捜査と、石動探偵の秘宝探しが交互に語られながら
しだいに両者がリンクしてゆく展開は、まあ、お約束ですが、
最後に、驚天動地としか言いようのない「爆弾」が仕掛けられています。

  いや〜、やっちゃいましたね〜、やってはいけないことをやっちゃいましたね〜。

この仕掛け、発表当時、ミステリファンの間でかなり論争になり、否定派と、支持派とに、鮮明に分かれました。
私はもちろん支持ですが、殊能さん、本格推理小説の解体を目論んでいる・・・というか茶化してるんですよね、要するに。
タイトルも明らかに「クロフツ」のもじりだし。
この作品で使われた「禁じ手」のインパクトは、「アクロイド殺人事件」級であり、
ノックスの「陸橋殺人事件」や中井英夫「虚無への供物」といった「アンチ・ミステリの系譜」
見事な1ページを付け加えた一作、と言いたいです。 
う〜ん、これ以上書くとネタバレになってしまいそう。 
すれっからしのミステリ・ファンの方は、とにかく「読んで驚け!」です。
ただし、本格ミステリのファンではない方、ミステリを読み始めて日が浅い方にはお勧めいたしません。 
うっかり読むと腹が立ちます。

さて、その後の殊能さん、第4作「鏡の中は日曜日」(2001)でも、
名探偵型ミステリをパロディックにもてあそんでくれています。 
「黒い仏」ほどの衝撃はないですが、これもかなり楽しめます。
そして先日第5作目が出たばかりのはず。忙しくてまだ本屋に行けてないのですが、早く読みたい〜。

(02.6.20.記)


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