倉知淳/壷中の天国(こちゅうのてんごく)
(角川文庫 2003年、親本は2000年)



Amazon.co.jp : 壷中の天国

<ストーリー>
  平凡な地方都市・稲岡市で、ある日、女子高校生が何者かに撲殺されます。
  しかも、駅や公民館には犯行声明のコピーがばらまかれるという大胆さ。
   「全能にして全知の存在から電波を受信している私を妨害しないで頂きたい。
  (中略)最近妨害者の存在を知ったので少し乱暴な解決策かとも感じたが殺害を思い切って実行した・・・」

  さらに数日後、家事手伝いの若い女性がやはり撲殺、同じような声明文が発見され、
  静かな街は底知れぬ恐怖に覆われてゆきます。
  しかしそれでも、10歳の娘を育てながらクリーニング店で働く未婚の母・知子は、
  いつもと変わらない忙しい毎日を送るのでした。


・・・いやー、さすがは倉知淳さんです。 
無差別連続通り魔殺人事件の物語を、あろうことかほのぼの系の家庭小説にしてしまうのですから、
一体何を考えてるんでしょうか。

いえ、実は、作者の考えていることは、この作品に限って言えば、とてもよくわかるのです。
タイトルの「壷中の天国」とは、「俗世を忘れられる理想郷、別天地」のことで、
「誰もが自分自身の『壷中の天』を持っているはずだし持たなくてはならない」ということ。
それは盆栽であったり、発明であったり、アニメ・フィギュア製作であったり、占いであったり、新聞への投書であったり、
電波系妄想であったりするわけですが・・・。

いろんな人の「壷」の中をディテールたっぷりに描き出す筆致、お見事です。
綿密な取材をしているのでしょうが、ちゃんと消化して面白い読み物にしてくれてるので、すらすら読めます。
ふと自分も盆栽をやりたくなったり、過食に走る人の気持ちがちょっとだけわかったり、
アニメ・フィギュア用語に詳しくなったり、クリーニング屋の主人の珍発明に大笑いさせられたりします。
はっきり言えば「オタク礼賛小説」みたいなところがありまして、
「オタクとは、すべてを忘れて何かに熱中できる人」「偉大な芸術家はみんなオタクだった」
といった意味のフレーズが出てきます。
主張自体は特に目新しいものではありませんが、これだけ細かく書き込んだうえで言われると、説得力あります。

ただ、この作品、「第1回本格ミステリ大賞」という賞を受賞したらしいのですが、
これには「おかしい!」と首を60度ほど傾けてしまいました。
大変面白い小説ですが、決して「本格ミステリ」ではありません。
探偵役が、声明文を分析することで犯人を絞り込んでゆくシーンがあるにはあるのですが、
けっこう論理の飛躍が多くて(それがまた倉知さんらしくて魅力的ですけれど)、やっぱり「本格ミステリ」とは呼びたくないですね。

というわけで、「本格ミステリ」を期待せずに、単に「面白い小説」として読むべき一冊、と決め付けます。
のんきでのほほんとした展開がとても私好み。カバーイラストは内容にあまり合っていないような。
読後感も意外なほどにさわやかです。(被害者の方々はお気の毒ですが・・・)
(03.7.3.記)


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