君嶋彼方/君の顔では泣けない
(角川文庫 2024年 親本は2021年)
Amazon : 君の顔では泣けない
「十五年前。俺たちの体は入れ替わった。そして十五年。今に至るまで、一度も体は元に戻っていない。」
「男女入れ替わりもの」の記念碑的作品!
男女入れ替わりといえば、物語の設定としておなじみのパターン。
山中恒「おれがあいつであいつがおれで」
それを映画化した大林宣彦監督の「転校生」
五十嵐貴久「パパとムスメの七日間」
新海誠監督のアニメ「君の名は」
など数多くの傑作があり、もはや手垢がついたと言われても仕方がないほど。
入れ替わりをコミカルに描いた、こんな歌もあります。
和楽器バンド/シンクロニシティ
そういえば1970年代には「へんしん!ポンポコ玉」というTVドラマがあって、喜んで見ていたなあ(←古い)
ただしこれらの作品に共通するのは(和楽器バンドの歌は別にして)「最後には元に戻る」こと。
・・・もし、ずっと元に戻らなかったら、どうなるんだろう?
このアイデアを突き詰めて、15歳で入れ替わったふたりのその後の15年を壮絶かつリアリティたっぷりに描いた傑作小説がこれ。
君嶋彼方/君の顔では泣けない
ラブコメ要素は微塵もなく、むしろ重めのストーリー展開。
入れ替わったふたりが結ばれるなんて安易な展開には目もくれません。
入れ替わりの原因や意味についてはあえてスルーして、ふたりがどうやって新しい人生を構築してゆくかに焦点が当てられます。
基本的に「女性になってしまった男性」の視点で描かれます。
男の心を持ちながら男性教師からセクハラに遭う様子や、男友達とのデート、そして初めての性交渉などが生々しく描写され、「ジェンダー小説」としても出色。
また、入れ替わりを隠したまま暮らす新しい家族との軋轢も描かれますが、どちらの家庭も微妙に変質してゆくことは避けられません。
そして実の親の葬儀に堂々と参列することすらかなわない理不尽さ。
いっぽう元に戻ったとき相手になるべく良い状態の身体を返したいと、健康や美容に気を使うふたり。
皮肉なことにどちらもどんどん美しく/かっこよくなっていきます。
男女入れ替わりの絶望と葛藤を、これほどリアルかつ赤裸々に描いた小説があったでしょうか!(いや、リアルって・・・)
なお、文庫版にはボーナストラックとして本編とは逆に「男性になってしまった女性」視点の短編が収録されています。
男性として一見そつなく生きているように見えた彼女も、やはり大きな迷いと不安を抱えていることが明かされ、
物語の奥行きがさらに深まる感があります。
(2024.07.14.)