ティホン・フレンニコフ/ピアノ協奏曲・ヴァイオリン協奏曲集
(ワディム・レーピン、マキシム・ヴェンゲーロフ:vn エフゲニー・キーシン:p ほか)



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<収録曲>
ヴァイオリン協奏曲第1番 ヴァディム・レーピン(Vln)
ピアノ協奏曲第2番 エフゲニー・キーシン(pf)
ヴァイオリン協奏曲第2番 マキシム・ヴェンゲーロフ(Vln)
ピアノ協奏曲第3番 ティホン・フレンニコフ(pf)

ウラディミール・フェドセーエフ指揮


ティホン・フレンニコフ(1913〜2007)は、1948年にソ連共産党によってソ連作曲家同盟書記長に指名された作曲家。

一貫して体制に忠実で、ソ連共産党とくにスターリンには絶対的忠誠を誓っていたそうです。
ソロモン・ヴォルコフ「ショスタコーヴィチの証言」では、ショスタコの仕事を妨害し、スキあらば陥れようとする悪役として、ほとんど戯画化して描かれています。
ショスタコーヴィチが大作映画の音楽を依頼されたことを裏から邪魔したら、ショスタコーヴィチの面前でスターリンから叱責された話など、まさに「まゆけな悪役」って感じ(中公文庫版266ページ)。
きわめつけは、スターリンに睨みつけられたフレンニコフがその場で失禁したエピソードです(中公文庫版439ページ)。



まあ「証言」の内容がどこまで信用できるかは議論のあるところですが・・・。
フレンニコフは2007年(94歳!)まで生きたので、著者のヴォルコフを訴えなかったのが不思議なくらい。
なおフレンニコフは1979年にグバイドゥリーナデニーソフの音楽を「革新的な音楽ではなく的外れ、騒音、汚泥」と罵倒したことでも有名。
その後彼らの音楽の評価が上がることで、さらに株を下げてしまいました。

さて、そんなフレンニコフ自身はどのような音楽を作ったのでしょうか。

 ヴァイオリン協奏曲第1番(1959)
 

・・・意外とまともな音楽です。
アク抜きしたハチャトゥリアンというか、翳りのないショスタコーヴィチというか、ヴィヴィッドでストレートで、しっかりロシア風で、とにかく気持ちよく聴けます。
決して無能な作曲家の作品ではないですね、職人芸的な手練れの技を感じます。

「ピアノ協奏曲第2番」(1972)は、冒頭主題を12音で構成するなど適度に現代的でありつつロマンティック成分も濃厚、
ラフマニノフとプロコフィエフを足して2で割ってラヴェルをふりかけたような傑作です。
とくに第3楽章(下の動画の11:20から)の能天気な歯切れ良さは魅力的で、音楽から受ける印象そのものは極めてナチュラルで伸びやかです。
ショスタコーヴィチの2曲のピアノ協奏曲とくらべてもそんなに負けてないのではないでしょうか?(そもそも方向性が違いますが)

 ピアノ協奏曲第2番(1972) 作曲者の自演
 

このCDは、そんなフレンニコフの協奏作品を4曲集めたもの。
1988年のライブ録音で、レーピン、キーシン、ヴェンゲーロフという錚々たるメンバーがソリストをつとめ(全員ティーンエイジャー!)、フレンニコフ本人も1曲ソロを弾いています。
イキのよいピチピチした演奏であり、フレンニコフのハキハキ系の音楽に見事にマッチしています。
深みには欠けるというか、内省的な趣が決定的に不足していますが、親しみやすく聴きやすく、「プロコフィエフよりノレるわこれ!」って思ってしまった私であります。

フレンニコフは1913年、ベラルーシに近いロシア西部の田舎で10人兄弟の末っ子として生まれました。
父親は馬の売買で生計を立てており、一家は音楽好きではあったものの、決して裕福ではなかったそうです。
ところが1917年にロシア革命が起こり皇帝と貴族が支配する体制は崩壊、建前上は労働者が中心となる共産主義社会が到来します。
フレンニコフは地元の合唱団やオーケストラに参加しながら頭角を現し、やがて憧れの首都モスクワのグネーシン国立音楽院に入学を認められます。
さらに最高峰・モスクワ音楽院への進学を果たし、そこでも作曲やピアノに優秀な才能を発揮、のし上がってゆきます。

考えてみればフレンニコフが共産主義に忠実だったのもうなずける話で、もし革命が無ければ彼が音楽界で出世することはなかったでしょう。
ド田舎の貧しい生まれだけに、大都会サンクトペテルブルグ生まれのお坊ちゃまショスタコーヴィチに反感を抱くのもわかるような気が(私も田舎者なので・・・)。

フレンニコフ、もう少し評価されても良い作曲家だと思いました。

(2020.02.02.)



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