岡田鯱彦/薫大将と匂の宮(1950)
(扶桑社文庫 2001年)



Amazon.co.jp : 薫大将と匂の宮―昭和ミステリ秘宝


<ストーリー>
 紫式部の源氏物語、その最後の部分は薫大将匂の宮という二人の貴公子と、浮舟という女性の三角関係の話となり、どこか唐突に終わっています。
 ・・・じつは紫式部は、日に日に緊迫の度を増す彼らの関係に耐え切れず、ついに筆を折ったのでした。
 そしてある日、悲劇は起こります。
 薫大将の妻となっていた浮舟が、額を割られたむごたらしい死体となって宇治川に浮かんだのです。
 殺人の嫌疑は薫大将にかかり、 紫式部は真相を明らかにするべく立ち上がります。
 いっぽう、ライバル清少納言も、事件についてはなにやら考えある様子で・・・。

岡田鯱彦/薫大将と匂の宮

源氏物語の世界を舞台にした中篇ミステリ。 いやあ、50年以上も前に書かれたとは思えません。
小説の登場人物の間で殺人が起こり、作者が探偵役をつとめるというメタ文学的な趣向も違和感なく決まっていて、ある時期の筒井康隆を連想します。

ともに光源氏ゆかりのふたりの貴公子ですが、
薫大将は、全身からすばらしい芳香を発する特異体質の持ち主(それって、体臭がきついだけじゃあ・・・という突っ込みは、この際無視します)。
対する匂の宮は、香を焚く天才。どんな香りも思うがままに作り上げるだけでなく、その嗅覚は人間離れしています。
「犯人」の用いたトリックは、わりと早い段階で見えてきますが、シンプルでありながら物語の設定に深くかかわった、「これしかない!」というもの。
解決もきわめて論理的で、しっくりきます。
特異な設定をそのままトリックに利用するというのは、現代ミステリでは多く見られる手法ですが、これはその先駆的な作品と言えます。

作品全体が現代語に訳された源氏物語のパロディのような長い長いダラダラとしたミヤビな文章でつづられていていみじくもあわれでいとおかしでありまして、
そのほかにも岡田鯱彦の短編作品が11篇もおさめられていて「新釈雨月物語」「竹取物語」など日本の古典文学を下敷きにした味わい深い作品ぞろいであるうえに、
とくに「艶説清少納言」(1953)はこの才女のあり得たかもしれない恋物語をコメディタッチで描いた楽しい(でもちょっと可哀想な)作品であるのでした。 (とまあ、このような文体です)。

今読んでも全然古くさくないですが、考えてみれば古典に材をとっているのでこれ以上古びようがないのかもしれません。
とにかく違和感なく読めます。

ひとつ文句をつけたいのが、カバーイラスト。
紫式部が、無骨なオバサン顔に描かれていて、悲しくなります。
本書の内容は、このイラストよりずっと洒落ていますので、念のため。

作者・岡田鯱彦(1907〜1993)の本職は、大学の国文学の教授。
執筆は1960年でやめてしまったものの、教授のほうは定年まで勤め上げ、その後も短大で教鞭をとっていたそうです。

(04.1.12.記)


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