福永武彦/完全犯罪〜加田伶太郎全集(1956〜62)
(創元推理文庫 2018)



Amazon : 完全犯罪 加田伶太郎全集 (創元推理文庫)


福永武彦(1918〜1979)といえば昭和を代表する純文学作家のひとりです。
結核療養所を舞台にした、せつなくはかない青春譚「草の花」(1954)が印象的。
かと思えば「海市」(1968)は、渡辺淳一もびっくりのエロエロ不倫小説でありながら、妙に格調高いところがさすが純文学。
「愛と孤独」をテーマに描き続けた作家と言われます。



ところで福永武彦は名うてのミステリ・マニアでもあり、海外ミステリの翻訳を手がけたりしているほか、
別名義で短編ミステリを8作書いており、それらをまとめたのがこの一冊。

 福永武彦/完全犯罪〜加田伶太郎全集 (1956〜62)

「加田伶太郎」は福永武彦のミステリ作家としての名義で、「誰だろうか taredarouka」のアナグラムであり、
探偵役である文化大学古典文学科助教授・伊丹英典(イタミエイテン)は、「名探偵 meitantei」のアナグラムです。
 
すべて本格志向の謎解き小説で、人工的なトリック、ご都合主義な展開、神のごとき名探偵というお約束の世界。
本の帯にある通り、論理と遊戯性を追求した、凝りに凝った作品群です。
昭和30年代といえば、松本清張らの「社会派ミステリ」が流行した時期ですが、
それとは別次元で、「ゲームとしてのミステリ小説」を嬉々として追及しています。

 「探偵小説が文学かどうかという議論があるようだが、結果的に見て文学というに足る作品があるにしても、
  まず探偵小説は探偵小説という特別の世界に安住している方が、無難なように思われる。」 (福永武彦 深夜の散歩 1978年 講談社)

漂う「昭和な香り」も素敵です。
適度にレトロで、適度にモダン、「三丁目の夕日」のような世界で展開される、のどかで血なまぐさいミステリ。

お気に入りは、鍵のかかったガラス張りの温室の中で背中を刺された死体が発見される「温室事件」
密室トリックの論理、物語の浮世離れ具合、余韻を残す結末、大変好みです。

いっぽう、実業家や中学校校長に次々に脅迫電話がかかってくる「電話事件」は、加田作品としてはリアリティのあるお話。
物語の序盤から、しっかり伏線が張られているのが巧みです。

催眠術や夢遊病と言った小道具がカーっぽい「眠りの誘惑」
さすがにちょっとふざけ過ぎなんじゃないかと思う「湖畔事件」など、バラエティに富んだ作品群。
ミステリ好きにはたまりませんな。
それにしても明晰で流麗な文章はさすが純文学作家。

8編の伊丹英典ものは昭和30年代にまとめて書かれ、以後ミステリが書かれることはありませんでした。
ちょっと残念かな。

 「私は謂わゆる名探偵もののパロディを試みようとして、少しばかり真面目に過ぎたようである。
  しかしもともと高きを狙ったわけではないから、いまさら嘆く必要もあるまい」 (福永武彦 「加田伶太郎全集」序文 1970年 桃源社)

正直、ミステリとして大傑作というわけではありません、あくまでも純文学作家の余技ですが、
ムツカシイこと言わず気軽に読めばけっこう楽しい、愛すべき1冊。
そういえば今年生誕100年なんですね。

(2018.06.16.)

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