ホリー・ジャクソン/自由研究には向かない殺人・優等生は探偵に向かない
(服部京子・訳 東京創元社 2021&22)

Amazon : 自由研究には向かない殺人 Amazon : 優等生は探偵に向かない

<自由研究には向かない殺人>
女子高生のピップは自由研究として5年前に起きた17歳の少女の失踪事件を調べることにする。
失踪直後に交際相手が自殺していることから、彼が彼女を殺してどこかに遺棄したものと考えられている。
交際相手はピップの友人の兄で、昔ピップを助けてくれた優しい人だった。
ピップは宣言する「わたし、あなたのお兄さんがやったと思っていないから。それを証明しようと思うの」

<優等生は探偵には向かない>
事件は解決したけれど精神的にも肉体的にも深く傷つき入院までしたピップ。
二度と探偵の真似事はしないと誓ったのも束の間、友人から兄ジェイミーが昨日から帰宅せず携帯も繋がらないと相談される。
警察に届けても家出だろうと取り合ってくれず、ピップはいやいやながら調査を始める。
SNSメッセージや写真を追っていくと、失踪直前のジェイミーの奇妙な行動が浮かび上がってくる・・・。


イギリスの学生は自由研究にアサガオの観察やカブトムシの飼育日記を書くのではなく、殺人事件の捜査をするみたいです。

自由研究には向かない殺人

とっても完成度の高い青春ミステリでした。
身近で起こった事件(でも警察は動いてくれない)を若い主人公が調査するという王道のパターン。
日本でも樋口有介「風少女」などの傑作があります。

主人公ピップは正義感が強くて賢くて冷静で行動力もあり、インスタグラムやフェイスブックを自在に駆使する現代っ子(ちょっと出木杉ちゃんな気も)。
ポッドキャストで調査状況を配信し、リスナーから情報を集めるという手法も駆使します。
こんな探偵、過去に例がないのでは?
個人情報保護はどうなのよと思わないでもありませんが。

失踪した少女のウラの顔が徐々にあらわになってくるのはこの手の小説のお約束。
一見平和なイギリスの田舎町にもさまざまな悪の芽が隠れていることは、これまたミス・マープルの時代からのお約束。
調べるにつれて明らかになる事実は小さな町の人間関係を歪めてゆき、ピップ自身も無傷ではいられません。
謎を解くことで傷つく人が出ることに悩むピップ、いったい何が正しいのか。
ついには脅迫状まで届き、サスペンスが高まります(そして辛い犠牲も)。

失踪した少女は本当に死んでいるのか? それともなんらかの事情で身を隠しているのか? 死んでいるとしたら死体はどこに?
コツコツ集めた証拠からさまざまな仮説を組み立てては崩してゆく過程は、フェアプレイ本格ミステリとして最高の完成度。
犯人が明らかになった後もひとひねりあり、ついに犯人さえ知らなかった隠れた真相を暴き出す鮮やかさはカタルシスです。


そして優等生は探偵には向かないは、前作以上の大傑作!!
第1作が終わったところから始まります。
「第2作」というよりは「第2部」という感じで、前作の真相や犯人を踏まえて進んでいきます (だからこっちを先に読んだらダメ)。

ピップは兄が失踪したと訴える友人を警察に連れて行きますが、成人した男性が何日か帰ってこないからと言って捜査はできないと断られます。
しかし失踪前の行動は明らかにおかしいところがあり、単なる家出とは思えません。
前作で探偵業に懲りたピップが、しぶしぶ調査に乗り出すところはリアリティあります。

 もし彼の身に何かが起きて、自分がノーと言ったのはそれが楽な道だったからだとしたら、わたしは良心に恥じないように生きることはもうできないと思う(191ページ)

前作は青春ミステリのパターンに忠実でしたが、今回の事件は展開がなかなか読めず、読者はピップとともに翻弄されます。
本格テイストは薄めで、タイムリミット・サスペンス的な味わい。
そもそも何がどうなっているのか五里霧中のなか、450ページ過ぎにある言葉の意味が分かることで事件の構図が突然はっきりする鮮やかさは凄い。
数々の伏線がパズルのようにしっかりはまって急転直下、終結に向かいます。
ただし今回もピップは深く傷つきます・・・。
失踪事件を解決したことがある人物の死を招いてしまったのです。

2作とも暗くて陰惨な事件ですが(そりゃ人が死ぬんだから)、軽妙な語り口と登場人物の明るさで必要以上に重くありません。
訳文もよくこなれていて読みやすいですし、厚い本ですが長さを感じさせません。

なお2作に共通するテーマとして、「正義とは何か」そして「犯罪加害者家族」の問題があります。
どちらも重い問題ですが、本作では「正義」を求めるあまりにピップが暴走する場面があります。
この行動の結果は次作に絡んでくるのでしょう。

あと本作を読む限り、イギリスでは普通の高校生の間にずいぶんマリファナが浸透しているようです。
日本もこのようにならないことを祈るばかり。

ピップが活躍するシリーズは3部作とのこと。
次作も楽しみですが、ピップの精神的トラウマを暗示するラストが気になります。
願わくば彼女がこれ以上傷つきませんように・・・。

(2022.10.10.)

「更新履歴」へ

「本の感想小屋」へ

「整理戸棚(索引)」へ

HOMEへ