百年文庫13「響」(ポプラ社 2010年)
(ヴァーグナー「ベートーヴェンまいり」
ホフマン「クレスペル顧問官」
ダウスン「エゴイストの回想」)




Amazon.co.jp : 響 (百年文庫)


ポプラ社から、「百年文庫」というシリーズが出ました。
薄めの新書サイズで、古今東西の名短編が、1冊に3つ収録されています。
いくつか読んだ中でとくに気に入ったのは、「都」 の巻の、イーディス・ウォートン「ローマ熱」
最後の一行に驚愕しました。 絶品です。


この「響」は、音楽にちなんだ巻。

最初に収められているのが、ヴァーグナー「丑の刻まいり」じゃなかった「ベートーヴェンまいり」(1840)。
はい、あのリヒャルト・ヴァーグナー(1813〜1883)です。
小説も書いてたんですねこの人。
まあ、「ニーベルングの指輪」の台本も自分で書いたわけですから。

ヴァーグナー自身がモデルの若き作曲家が、ドイツの片田舎からウィーンまで、徒歩でベートーヴェンに会いにゆきます。
すると楽聖は彼を歓待し、励ましてくれるという、笑っちゃうくらい妄想炸裂自己愛爆発な小説。
あこがれの芸能人との妄想デートを書き綴ってブログにアップするのと同じですねこれは。

ベートーヴェンはヴァーグナー15歳の時に亡くなっているので、
この作品はもちろんフィクションですが、実在の人物・団体等と関係がありまくりです。
もしベートーヴェンが長生きしていたら、ヴァーグナーは、このとおりのことをしたんじゃないでしょうか。
そうしたらベートーヴェンはどのような反応を示したでしょう。

主人公は旅の途中で、やはりベートーヴェンに会いに行くというイギリス人紳士に出会い、
親切にも馬車に乗せてあげようと誘われますが、
「骨の折れる徒歩の巡礼のほうが、いっそう神聖で敬虔であり、その巡礼の目的地も、
 馬車で驕りたかぶってそこへ乗り込む者よりも、いっそう多くの幸せをあたえてくれるように思われた」
(21ページ)
と、断ります。

・・・・・完全に自分に酔ってます、ヴァーグナーさん。

ちなみにこのイギリス紳士の扱いがかなりひどい。
芸術を解さないミーハーで、札ビラを振り回して傍若無人なふるまいをする、エコノミック・アニマルとして描かれ、
ベートーヴェンにも「イギリス人どものため、私はもう芯の髄まで苦しめられているのです」(53ページ)とまで言わせています。
ヴァーグナーは、イギリス人になにか怨念をいだいていたのでしょうか?

当時イギリスはメキメキ経済力をつけていたころ。
あるいはヨーロッパ大陸からは、一般的にこう見られていたのでしょうか、興味深いな。
でもイギリス人が読んだら怒ります、きっと。

ベートーヴェンは、イギリス人には冷淡ですが主人公とは意気投合し、最後に
「私をおぼえていてください。不愉快なときはいつも私をおもってがまんしてください」(64ページ)
などとはげましてくれるのであります。
「ありえねー!」と突っ込みながら楽しく読みました、オススメです(そうかあ?)


E・T・A・ホフマン「クレスペル顧問官」は、
オッフェンバックの歌劇「ホフマン物語」のネタになった話です。
素晴らしい美声を持つ愛娘に、父はなぜ歌うことを禁じたのか?
ちょっとしたミステリ風味が楽しめます。
オペラを知っていると、かえってネタバレしちゃって面白くないかも。


エルネスト・ダウスン「エゴイストの回想」
天才ヴァイオリニストとして栄光の絶頂にある主人公が、
かつて貧しい浮浪児だったころに助けてくれた、孤児の少女ニネットを回想する小説。
タイトル通り、主人公はエゴイストですが、しっかり自覚的なのが、かえってうすら寒い
センチメンタルなんだけど、それだけでは片づけられない作品。
どことなくひっかかりを感じて、何度か読み返してしまいました。

著者のダウスン(1867〜1900)は、貧困と病魔に苦しみながら32歳で亡くなったそう。

(11.1.15.)



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