フレッド・アステア自伝(Steps in Time)(1959)
(篠儀直子・訳 青土社 2006年)
Amazon.co.jp : フレッド・アステア自伝 Steps in Time
最後に人前で踊った記憶は、学生時代(@徳島市)の阿波踊り(20年以上前だよ・・・)。
いや、あれは踊ったというより単に酒飲んで暴れていただけだな。
そんな私ですが、恥ずかしながら、タップ・ダンスの神様フレッド・アステア(1899〜1987)のファンであります。
1959年・60歳のアステアによる自伝。
アステアといえば、1930年代にジンジャー・ロジャースと共演した数々のミュージカル映画が有名です。
しかし、映画の話は本書も半ばを過ぎてから。
前半には、姉アデールと舞台(ボードヴィル・ショウ)で踊っていた「映画以前」の話が、たっぷりおさめられています。
アステアは映画俳優である前に、すぐれたボードヴィリアンであったのです。
オーストリア移民の姉弟が、7歳から舞台に立ち、長い下積みを経て、
イギリス公演で大人気となりアメリカに凱旋、というサクセス・ストーリー。
まえがきには、「本一冊ぶんの話なんてとても覚えてない」とありますが、
読んでみると、何十年も前の出演料や、新聞の批評など正確そのもの。
覚えてないどころか、かねてから几帳面に資料を残していたに違いありません。
「全然勉強してない〜、もうだめだ〜」と言いながら試験で良い点を取る高校生みたいでちょっとムカつきますが、
これがアステアのスタイル。
準備や努力のあとを見せることを極端に嫌います。
究極のカッコつけ男ですが、俳優・ダンサーは、カッコつけてなんぼです。いやあ、やっぱりカッコいいわ。
映画でのアステアのダンスは、優雅&軽やか、楽々と踊っているように見えます。
しかし実は何十回ものリハーサルを繰り返したのは有名な話。
鼻歌まじりに見えるくらいスムーズに踊るためには、血のにじむような練習が必要。
比喩ではなく、足のマメがつぶれ、靴が血に染まることなど日常茶飯事。
樹の陰では明子お姉さんが泣いていたそうです。 何の話だ。
他人の批判や悪口はほとんど出てきません。
しかし、ボブ・トーマスによる評伝「アステア・ザ・ダンサー」(1984)には、この自伝について、
「この本に出てくる人間の中にはフレッドをつらい目に遭わせた者もいるし、
その逆にフレッドのほうがひどい目に遭わせた者もいる。
彼がもしいつも言っているほど好人物でお人よしだったら、これほど長い間、トップには立てなかっただろう」(314ページ)
とありますから、現実はまた別なのでしょう。
さて、アステア映画のダンス・シーンでとくに好きなものをいくつか。
「踊るニューヨーク(Broadway Melody 1940)」で、エリノア・パウエルと踊る「ビギン・ザ・ビギン」
これぞ「マシンガン・ステップ」、
疑いもなく映画史上最高のタップダンス・シーンです。
このダンス・シーンを抜きにしてタップ・ダンスを語ることは不可能でしょう。
女性タップダンサーの最高峰エリノア・パウエルとの共演がこれ1本きりなのはかえすがえすも残念。
「バンドワゴン」(1953)で、シド・チャリシーと踊る「ダンシング・イン・ザ・ダーク」
疑いもなく映画史上最も優雅で洗練されたダンス・シーンのひとつです。
同じコンビでこれもなかなか
「ブルー・スカイ」(1946)の「プッティン・オン・ザ・リッツ」
このダンスはもはや神の領域。
8人の自分自身からなるコーラスの前で踊るアステア。
アステアは同じ踊りを8回踊って合成しました。
ステッキのトリックは何度見てもタネがわかりません。
疑いもなく1940年代最高の特殊効果
「晴れて今宵は」(You were Never Lovelier)(1942)で、リタ・ヘイワースと踊る「ショーティ・ジョージ」
リタ・ヘイワース、美人でダンス上手くてアステアとの息もぴったり。
疑いもなく1940年代最高のアイドルです。
リタ・ヘイワースとアステアなら、これも素敵です("You'll Never
Get Rich" 1941 より)
(07.4.21.)
Amazon.co.jp : 踊るニューヨーク [DVD] | Amazon.co.jp : バンド・ワゴン [DVD] | Amazon.co.jp : ブルー・スカイ [DVD] | Amazon.co.jp : 晴れて今宵は [DVD] |
Tower@jp : 踊るニューヨーク | Tower@jp : バンド・ワゴン | Tower@jp : 晴れて今宵は |