マイケル・オンダーチェ/イギリス人の患者(1992)
(新潮文庫 1999年)



Amazon.co.jp : イギリス人の患者


<ストーリー>
 第二次世界大戦終結直前のフィレンツェ郊外。 連合軍が撤収したあとの野戦病院。
 戦争に心を病んだ若い看護婦ハナと、北アフリカで飛行機が不時着し全身火傷を負った男性患者の二人だけが静かな日々を送っています。
 患者はベッドに寝たきりの重態、意識はあるのですが名前も国籍も明かそうとせず、便宜上「イギリス人の患者」と呼ばれています。
 そこに、ハナの父親の旧友で、もと泥棒のカラバッジョがたずねて来たと思うと、こんどはインド出身の若い爆弾処理兵、キップが迷い込んで来ます・・・。



「イングリッシュ・ペイシェント」という映画の原作だそうですが、残念ながら観てません。

てっきり「イギリス人の患者」の正体は誰か、という謎が物語をひっぱっていくのかと思ったら全然そうじゃなくて、彼の名前は中盤でほぼあきらかになります。
それでも「どんでん返しがあるのでは」などと思いながら読んでしまった私は、ミステリに身も心も毒されてしまっているようです。 
私なら絶対に最後の最後で、

 「皆さん、実は○○だと思い込んでいたこの患者は、 とっくに死んだはずの××なのです!」

と、やりたくなります。火傷はもちろんメイクアップ、看護婦も共犯ですね。
下品ですか。はいそうですか。すいません。

しかし、とても面白かったです。 これが純文学というモノなのですね。久しく忘れておりましたこの香り。
もとは僧院であった野戦病院は爆撃のため穴だらけ。
ハナは、雨が降り込む図書室で本に読みふけり、患者にも朗読してあげます。
患者は砂漠について、兵器について、イタリア・ルネサンスについて、驚くほどの知識を持ち、自分の正体以外は雄弁に語ります。
カラバッジョは諜報活動に従事しているらしく、夜になるとどこかへ消えてゆきます。
患者の正体を探ろうとしているようでもあります。
爆弾処理兵のキップは、ドイツ軍があたりに残していった地雷や爆弾を黙々と処理します。
そんな平穏といえば平穏な(?)日々を描きつつ、4人の過去が断片的に挿入されます。
彼らのこれまでの人生は、戦争に彩られた血なまぐさいものですが、薄いヴェールの向こうで演じられる無言劇のように淡々と語られ、不思議に美しい。

やはりメインは「イギリス人の患者」の、砂嵐舞う北アフリカを舞台にした、命をかけた恋物語なのでしょうが、
私の心に残ったのは、インド生まれのキップがイギリス軍に入り、成長してゆく物語のほうでした。
彼のたぐいまれな才能に気づき、爆弾処理班に編入するサフォーク卿とその秘書ミス・モーデン
彼らはキップを家族のように扱い、キップも期待に応えてエキスパートに成長します。
しかしサフォーク卿とミス・モーデンは、敵の新型爆弾処理中に爆死。
キップは、恩人の仇をとろうと、残された爆弾に立ち向かいます。

・・・小説というよりは、全編がひとつの長い詩のような、美しい作品。
なお著者マイケル・オンダーチェは詩人としても高名です。

崩れかけた部屋の中でピアノを弾くハナ、 なぜか庭の片隅にテントを張って眠るキップ、
僧院にはガラス張りの中庭があり、36段の階段はところどころ崩れ落ち、本を積み上げて下から支えている・・・。
そして、キップとハナの唐突な別れ。

じっくり読みたい一冊です。
私もめずらしく4日かけました。ミステリなら1日で読めちゃう厚さですが。

(03.5.11.記)


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