イーデン・フィルポッツ/だれがコマドリを殺したのか?(1924)
(武藤崇恵・訳 創元推理文庫 2015年)



Amazon.co.jp : だれがコマドリを殺したのか? (創元推理文庫)


青年医師・ノートンは、海辺の遊歩道で出会った美貌の娘に心を奪われた。
彼女の名はダイアナ、あだ名は“コマドリ(Cock Robin)”。
ふたりは燃えあがる恋の炎に身を投じる。
運命がふたりを燃やし尽くそうとしているとも知らずに。


イギリスのミステリ作家イーデン・フィルポッツ(1862〜1960)といえば、
江戸川乱歩「赤毛のレドメイン家」(1922)を激賞絶賛したことで、日本のオールド・ミステリ・ファンには有名な人。
また若きアガサ・クリスティのお隣さんであり、彼女に文章指南をしてあげたエピソードは、クリスティの文庫本の解説でしばしば取り上げられます。

ところで私は「赤毛のレドメイン家」を読んでいません。
それというのも中学生の頃に江戸川乱歩「探偵小説の『謎』 (現代教養文庫 137)」という本を読んだためです。
これはミステリのトリックを縦横無尽に語りつくした大変面白い評論ですが、
乱歩先生、「赤毛のレドメイン家」を絶賛するあまり、ストーリーからトリックから犯人の名前まで全部書いてくれちゃってるんです。

読んだ本の内容を忘れてしまうことにはいささか自信のある私なのですが、ああなんということでしょう、乱歩先生の熱のこもった書き方のおかげでどうしても忘れられません。
「探偵小説の『謎』」で覚えているのは「赤毛のレドメイン家」のくだりだけといっても良いくらいです。
本屋で何度か手に取ったのものの結局読む気にならず今に至ります。

さてそんなイーデン・フィルポッツの知られざる傑作が、55年ぶりに新訳で発売されました。

 だれがコマドリを殺したのか?(Who Killed the Cock Robin?)(1924)

 タイトルを聞いてこの曲を連想する人は、たぶん私と同世代。
 

前半はミステリではなくむしろ恋愛小説。
一目出会ったその日から恋の花咲いてしまったノートンとダイアナは周りの反対を押し切って結婚。
しかしノートンがあることを妻に隠していたせいで、ふたりの間に溝が生じ・・・・・・。

幸せの絶頂で結婚したふたりの心が徐々に離れてゆく心理描写は本作の白眉。
ノートンもダイアナもそこまで悪いわけではないのに、ちょっとした優柔不断と不寛容が夫婦の間に亀裂を生み、やがて修復不能に。
いやー、これは他人事ではないなあ、くわばらくわばら。
はっきり言って殺人よりもこのあたりが怖かった私です。

後半になってようやく犯罪が起こります。
このゆったりとした構成は当時のミステリとしては独創的で、素晴らしく必然性があります。
メイン・トリックはミステリ・ファンならたいてい予想がつくものですが、前半で登場人物に感情移入させられているので、悲劇的な結末までしっかり見届けずにはいられません。
いかんせんミステリとしては古く、ややアンフェアでもあり、現代の読者にはつっこみどころ多数ですが、物語に強さ・勢い・格調があります。
とくに美貌のヒロイン、ダイアナの強烈なキャラクターは強い印象を残します。
それにしても、あの日あの時あの場所で二人が出会っていなければ・・・・・・と思わずにはいられませんなぁ。

読み終わってなぜか連想したのが、ウディ・アレン「マッチポイント」(2005)という映画。
やはりイギリスが舞台で、上流階級の女性と結婚した男が主人公で、テニスがちょっと絡んできたりするからかな。
作品のテイストやストーリーは全然違うんですけど、これまたもしあの日あの時あの場所で二人が出会っていなければなぁ・・・・・・という怖いお話。

 You Tube/映画「マッチポイント」Trailer
 

(2015.7.18.)

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