文豪たちのスペイン風邪
(2021 皓星社)
Amazon : 文豪たちのスペイン風邪
政府はなぜ逸早くこの危険を防止する為に、大呉服店、学校、興行物、大工場、大展覧会等、多くの人間の密集する場所の一時的休業を命じなかったのでしょうか。
そのくせ警視庁の衛生係は新聞を介して成るべく此際多人数の集まる場所へ行かぬがよいと警告し、学校医もまた同様のことを子供達に注意して居るのです。
社会的施設に統一と徹底の欠けて居る為に、国民はどんなに多くの避らるべき、禍を避けずに居るか知れません。
・・・これは与謝野晶子が1918年に書いた「感冒の床から」というエッセイの一節。
晶子さん、一家全員スペイン風邪で寝込んでしまったんですね、なお幸いだれも亡くならなかったそうです。
新型コロナウイルスに翻弄される2021年のいま読んでも違和感がないというか、「おんなじやん」と思ってしまいます。
まあ2020年の第1波では政府はけっこう迅速に学校や百貨店を閉めたんですが。
本書「文豪たちのスペイン風邪」は、1918年から約3年にわたって猛威を振るい、
日本で40万人近く、全世界では約4千万人の命を奪ったスペイン風邪を題材としたアンソロジー。
志賀直哉「流行感冒」、菊池寛「マスク」では、極力人ごみに出て行かない、外出時はマスクをつけることを力説していて、ホントに百年たっても同じですね。
ちなみに菊池寛「マスク」には黒いマスクをつけた若い男が登場します。
百年前からあったのか、黒いマスク!
ほかにも谷崎潤一郎、内田百などの短編が収録されています。
永井荷風の日記「断腸亭日乗」では、荷風先生都合3回も高熱を出して寝込みます。
他にも体調不良の記述が多く、編者も解説で「いつからいつまでがスペイン風邪だったのか判然としなくなる」と書いていてちょっと可笑しい。
まあこの本に登場する皆さんはなんとか流行を乗り切ったからよかったですが、文芸評論家の島村抱月は1918年にスペイン風邪の犠牲となりました。
恋人だった女優の松井須磨子が後追い自殺をしたのは有名な話です。
また芥川龍之介、斎藤茂吉も感染し、一時は生死の境をさまよったそうです。
新型コロナのせいでどこにも行けない2021年のゴールデンウィーク、自宅でゆっくり紐解くにふさわしい一冊・・・・・・なのか?
(2021.04.29.)
月手当四十円の時、運悪く西班牙風がはやって、
私の家でも、祖母、母、細君、子供、私みんな肺炎のようになって、寝てしまったから、
止むなく看護婦を雇ったところが、その日当が一円五十銭で、
一月近くいた為に、私の月給をみんな持って行っても、まだ足りなかった。
(内田百閨u俸給」より)
「更新履歴」へ
「本の感想小屋」へ
「整理戸棚(索引)」へ
HOMEへ