ジョセフィン・テイ/魔性の馬(1949)
Josephine Tey / Brat Farrar
(堀田碧・訳 小学館 2003年)
<ストーリー>
「あんた、あいつに瓜二つだ」
飲んだくれの役者ロディングがロンドンの街頭で出逢った天涯孤独の青年ファラー。
彼はロディングの富裕な親戚アシュビイ家の双子の兄弟とそっくりだった。
双子の兄のほうパトリックは8年前、13歳のときに遺書のような書置きを残して失踪、すでに死んだと思われていた。
これは金になると思ったロディング、ファラーにアシュビイ家について細かく教え込み、パトリックのふりをさせて送り込む…。
ジョセフィン・テイ(1896〜1952)といえば、リチャード三世を題材にした歴史ミステリ「時の娘」が有名。
しかしですね、「リチャード三世の真の姿はじつは・・・」なんて話、あなた面白いですか? ホントに面白いですか?
イギリス史や薔薇戦争に全然詳しくない自分を棚に上げて言うのもなんですが、
欧米人が「本能寺の変の黒幕は・・・」という小説を読むみたいなもの、ピンと来ないです。
いえ、決してつまらない作品というわけではなくて、私のほうに小説を味わうだけの知識がないってだけなんですが。
じつはジョセフィン・テイは8作の長編ミステリを残しています。
それらはすべて傑作として、死後50年以上の現在も欧米では読み継がれているとか。 おお、それってすごいぞ。
決して歴史ミステリ専門ではなく、本格あり、サスペンスありと多彩です。
「魔性の馬」は、かなりの人気作。 もちろん、イギリスの歴史を知らなくても問題なく楽しめます。
生まれてからずっと孤独に生きてきたファラーは、アシュビイ家にパトリックとして入りこみ、初めて家族の味を知ります。
歓迎してくれるアシュビイ家の人々を、だんだん好きになるファラー、一方で彼らをだましていることへの罪悪感。
しかし双子の弟サイモンだけは、ファラーのことを信用しません。
やがてファラーはパトリック失踪のいきさつを調べ始め、意外な真相にたどりつきます・・・。
ある意味使い古された「なりすましサスペンス・ストーリー」ですが、主人公ファラーを、罪の意識を持つ好青年として描きます。
アシュビイ家とそれを取り巻く人々もきめ細かく描かれていて、伯母や妹たちとの心の交流が、ファラーの心を癒していく様子もとても丁寧。
パトリック失踪の謎を明らかにすれば、自分が偽者であることがばれてしまうジレンマに悩むファラーにすっかり感情移入してしまいました。
ミステリ部分だけでなく、味わいのある会話、イギリスの田舎の風景描写、障害物競馬のシーンなど、小説としての読み応えもたっぷり。
クライマックスの息詰まる対決シーンでは、ページを繰る手が止まりません。
そして全体に漂う、どこか上品な雰囲気と爽やかな読後感。
素晴らしいエンタテインメント小説でした。
ジョセフィン・テイの、他の作品もぜひ読んでみたいと思います。
残るは6作、嬉しいことにすべて邦訳されています。
(07.11.15.)