ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第16&14番(弦楽合奏版)
(レナード・バーンスタイン指揮 ウィーン・フィル)
(1989&77録音)



Amazon.co.jp : ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番&第16番


 ある日レナード・バーンスタイン(1918〜90)の夢に神様が現れ、「おぬしこそ世界一の指揮者であるぞ」とのお告げを下された。
 目が覚めたバーンスタイン大変喜び、会う人ごとに自慢したので、まわりまわってヘルベルト・フォン・カラヤン(1908〜89)の耳にも入った。
 するとカラヤン曰く、「ワシはあいつにそんなことを言った覚えはない」


これはクラシック・ファンには有名なジョークです。
カラヤンとバーンスタインは、20世紀後半を代表するスター指揮者にしてライバル同士でした。

カラヤンが亡くなったのは1989年7月。
で、同年9月に行われた追悼演奏会でバーンスタインとウィーン・フィルが演奏したのが、

 ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第16番 ヘ長調 作品135 (弦楽合奏版)

このCDはそのときのライヴ録音であり、終生のライバルに捧げた鎮魂歌です。
とはいえ重苦しくもなければ悲劇的でもなく、ベートーヴェン最後の弦楽四重奏曲が、晩年のバーンスタイン特有のゆったりテンポで、いとおしむように奏でられます。
ウィーン・フィルの弦楽セクションはさすがに流麗の極み、優雅で柔和で木目細やか。
60人で弾いているとは思えないほどの、水も漏らさぬ完璧なアンサンブルです。
ベートーヴェンの「弦楽セレナード」を聴かせてもらった気分。
第3楽章の透明で深い叙情が、とくに心に沁みます。

なお、この録音当時、レナード・バーンスタインはすでに癌に侵されており、翌1990年10月に亡くなりました。

 ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調 作品131 (弦楽合奏版)は、1977年9月の録音。
この演奏は、バーンスタインの妻・フェリシア(1922〜78)に捧げられています。
といっても単純な夫婦愛ではありません。

バーンスタインはフェリシア夫人との間に3人の子をもうけましたが、じつはバイセクシャルであり、1976年から77年にかけて妻と別居し、男性の愛人と暮らしました。
しかも別居中にフェリシアが手遅れの肺ガンに侵されていることが判明、彼女は1978年に亡くなります。
2chも裸足で逃げ出すレベルの修羅場です。
バーンスタインは強い自責の念にかられたそうです。

 「彼女の病気の引き金を引いたのは私だったのか?」
 「彼女の死は私に責任があると感じています。」


この録音は妻の闘病中に行われました。
愛する人の平癒を祈るかのような、真摯で哀切に満ちた第1楽章にはとくに心を打たれます。
合奏ならではの起伏の大きな表現が魅力で、ベートーヴェンの「弦楽のための交響曲」を聴く気分。

もっともフェリシアはバーンスタインをかなり恨んでいたそうです(そりゃそうでしょう)。

 最後の年に、彼女は家に戻ってきた夫に向かい、ほかの人たちがいる前で、
 自分が病気になったのは、あまりにあなたに苦労させられたのでその仕返しをするためだったかもしれないと言った。
 少なくとも、家族と親しい一人は、フェリシアがたびたびこう言ってバーンスタインを罵っていたと語っている。
 「せいぜい長生きしなさいね、一人きりで」

      (ジョーン・バイザー著 鈴木主税・訳「レナード・バーンスタイン」 文芸春秋 より)

フェリシアの吐き捨てるような言葉にくらべると、レナードの回想はやや能天気と言えなくもないです。

 「私はかつてどんな女性もフェリシアのように愛したことはありません。それは輝かしく優しく聡明な人で、天使そのものでした。」(晩年のレナード・バーンスタイン)

それにしても、バーンスタインにとって特別な存在のふたりに捧げた録音が、ともにベートーヴェンの後期カルテットの合奏版、というのは興味深いです。
バーンスタインはベートーヴェンのカルテットを、なにか神聖なものと考えていたのかもしれません。

 ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番・第6&7楽章
 

(2015.09.24.)



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