マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー/
マルティン・ベック・シリーズ(全10冊・1965〜1975)
(角川文庫・一部品切れ)
スウェーデンを舞台とした警察小説の、もはや古典です。
ストックホルム警察のマルティン・ベック主任警視を中心とする刑事達の活躍を描きながら、
全10冊でスウェーデン社会10年間(1965〜1975)の変遷を描きます。
見も知らぬ異国の、30年も前の社会情勢と言われてもピンと来ませんが、
作中で起こる事件の数々が、現代の日本を彷彿とさせることに驚きます。
幼児誘拐殺人、麻薬犯罪、、少年犯罪、銀行強盗の多発、失業問題・・・
いやー、北欧の社会って昔から進んでたんだなあ、と感心している場合ではありません。
21世紀の日本で読んでも古さを感じさせないのは果たして幸か不幸か。
作品は以下のとおり
「ロゼアンナ」(1965)
「蒸発した男」(1966)
「バルコニーの男」(1967)
「笑う警官」(1968)
「消えた消防車」(1969)
「サボイ・ホテルの殺人」(1970)
「唾棄すべき男」(1971)
「密室」(1972)
「警官殺し」(1974)
「テロリスト」(1975)
さて、社会派で重厚な警察ミステリであると同時に、このシリーズは見事な「おっさん小説」でもあります。
レギュラー出演する刑事達は、みな個性的、オッサン・ファン(いるのか?)には、二重丸付きで大推薦。
ただし女性は、何人か登場するものの、少々影が薄い感が否めません。
主役のマルティン・ベックにしてからが、家庭不和と胃痛に悩む疲れた中年男。
シリーズ後半で妻と別居してから急に元気になって、ガールフレンドができたりするのはご愛嬌。
ただこのシリーズ、ベック自身の存在感は少々希薄で、むしろ脇役に「濃い」人々が集まっています。
一番のお気に入りが第3作から登場するグンヴァルト・ラーソン。
金髪をオールバックにした荒くれ独身刑事で、身長192センチ、体重90キロのヘビー級ボクサーのような体格、
つねに高級ブランド品を身にまとい、服のセンスは抜群、実は名家の御曹司という噂もあります。
新調の服を着ていると決まって事件に巻き込まれ、服はおじゃん・・・という、気の毒な人ですが、
持ち前のエネルギーと正義感と(見かけによらず)鋭い頭脳で精力的に動き回ります。
抜群の記憶力で一目置かれているメランデルは、姿の見えないときは必ずトイレにこもっているという物静かな(?)男。
登場場面は少ないですが、この人にはなんだか親近感がわきます。(え、お前もトイレが長いのかって?!)
ダメ警官コンビ、クヴァントとクリスチャンセンは、いつも何かしら失敗してはグンヴァルト・ラーソンに怒鳴られる役。
しかし「唾棄すべき男」では、そんな彼らに大事件が降りかかります。
また、同僚レンナルト・コルベリとベックの、淡々としながら深い友情はとってもしみじみします。
男同士の友情のひとつの理想型では。
最高傑作は、MWA最優秀長編賞を受賞した「笑う警官」と言われています。
深夜、路線バスの中でマシンガンが乱射され、8人が死亡。
その中にはベックの一番若い部下、尾行の達人ステンストルム刑事も含まれていました。
犯人は何が目的で8人もを殺害したのか・・・? 読み応えたっぷりです。
個人的に一番好きなのが「密室」。
地方検事・ブルドーザー・オルソンの怪演もあって、最も笑える1作であると同時に、不条理なストーリーに翻弄されます。
少々ネタバレですが、この作品のみ、犯人がついに逮捕されず逃げおおせてしまうのです。
にもかかわらず何でこんなに面白いんだろ・・・?
品切れになっているものもありますが、古書店などでは比較的良く見かけます。
(04.11.28.記)