浅倉卓弥/四日間の奇蹟
(宝島社 2003年)


<ストーリー>
 新進ピアニスト・如月敬輔は留学先のウィーンで、路上強盗に襲われた日本人一家を助けようとして撃たれ、左手の薬指を失います。
 襲われた日本人夫婦は死亡。7歳になるその娘・
千織をひきとって悄然と帰国する敬輔。
 千織は重い知的障害をかかえていましたが、音にだけは鋭い感性を示し、
 一度聴いた音楽を決して忘れず、いつでも正確に再現できる能力を持っていました。
 敬輔は彼女に根気よくピアノを教え、 人前で弾けるまでに上達すると、
 千織自身のリハビリも兼ねて病院などで慰問演奏させています。
 ある日ふたりは、山奥にある脳疾患療養所を訪れます。
 療養所の職員・
岩村真理子に珍しくよくなついた千織ですが、
 彼女と一緒にヘリコプターの着陸を見物していて墜落事故に巻き込まれてしまいます。
 真理子は千織をかばって意識不明の重態、千織は気絶しただけで軽傷でした。
 ところが、目を覚ました千織は驚いたことに
「私は真理子」だと主張するのでした。


宝島社
「このミステリがすごい! 大賞」の、記念すべき第1回受賞作。
まず一言言わせていただきたいのは、

これのどこがミステリやねん!

けなしているのではありませぬ。 
こういう賞を取ったことで、ミステリ嫌いの人に手にとってもらえないとしたら残念なことですから、
「安心してください、これはミステリではありません!」と、おせっかいながら宣言しておきますね。
もっとも、「誰がいつ殺されるのかな〜」とわくわくしながら読んでいた間抜けもここにひとりおりますが。

実のところ、この作品はハートウォーミング系ファンタジー小説なのでありました。
「精神の入れ替わり」というプロットは、すでに使い古されたと言っていいものであり、
数年前にも同じようなシチュエーションの作品がベストセラーになりました(東野圭吾「秘密」)。
どこかでひとひねりあるのかな、あるのかな、と思いながら読み進めていったのですが、
驚くべきことに完全直球勝負、ストライクゾーンど真ん中の剛速球で押し通してきました。
文章には勢いがあり格調高く、ストーリーは破綻なく、かっちりまとまっています。

個人的には、多少の遊びというか、毒気みたいなものもあったほうが深みが加わる気もしますが、とにかく読ませることは確か(読まされました)。
どことなく浅田次郎さんの作品を連想させますが、全編を貫く若々しさ・初々しさは新人のデビュー作ならではです。

音楽好きとして、ついつい考えてしまうのが千織の演奏について。
「奇蹟」以前の彼女の演奏は、恐らくテクニック的には完璧だったのでしょうが、
結局のところ過去に聴いた誰かの演奏の忠実なコピーでしかなかったわけです。
しかし「奇蹟」を経た千織は、ようやく自分の解釈で演奏し始めました (だからミスタッチもするようになった)。
これから彼女の演奏はどんどん深みを増してゆくことでしょう。

あと、敬輔が撃たれたのが左手である点について。
もし左手が使えれば、ラヴェル「左手のためのピアノ協奏曲」、サン=サーンス「左手のための6つの練習曲」、
プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第4番」、R・シュトラウス「家庭交響曲余禄」
など、
左手だけで弾ける曲がいくつかあるので、ピアニストを完全に断念しなかったかもしれません。
だから撃たれたのは右手でなくて左手でなくてはならなかったのだな、と思ったのですが、われながらひねくれたものの見方ですなあ〜。

(03.5.31.記)


「本の感想小屋」へ

「整理戸棚」へ

「更新履歴」へ

HOMEへ