宮部みゆき/あかんべえ
(PHP 2002年)




Amazon.co.jp : あかんべえ

宮部みゆきさん。 「火車」あたりまでは好きでよく読んでいたのですが、
直木賞受賞作の「理由」。 これは力作/傑作ではありますが、少々やりきれない物語でした。
辛かったので、「クロスファイア」「模倣犯」も今のところあまり読む気がしません。
ただし、宮部さんの時代物はあい変らず好きです。
「ぼんくら」(2000年)は、巧みな構成にミステリアスな展開がよくマッチしていました。
この長編「あかんべえ」は、幽霊物語でありながら、全体に漂う明るい雰囲気が好ましい一編。

<ストーリー>
深川に料理屋「ふね屋」を旗揚げした、太一郎夫妻。
しかし記念すべき初めてのお客を迎えた席、
突然、空中に刀が現れ、客に切りつける騒ぎが起こり、店の評判はいきなりがた落ち。
さてこの店の一人娘、12歳のおりんは、高熱で寝込んで以来、「霊」が見える体質になってしまいました。
彼女には、「ふね屋」に5人もの幽霊が住んでいるのが見えるのです。
彼らを成仏させるべく、おりんの奮闘が始まります。


時代小説の体裁を取っていますが、中身はむしろゴシック・ホラー
古い館に人間が乗り込み、そこに住む幽霊と対決、
最後に霊をめぐる謎が解け、館の呪いも解消するというハッピーエンド
(あるいは人間のほうが取り殺されてしまう、アンハッピーエンドもありますが)。
このパターン、昔から西洋文学の1ジャンルとして確立しています。
これを時代小説でやるという着想が、楽しいですね。

出てくる幽霊は、たいして怖くはなく、むしろ愛嬌があります。
美貌の若侍(でもノリは軽い)、やたらに色っぽい年増女、いつもあかんべえをしている女の子、
笑顔の按摩師、そしてざんばら髪の大男(こいつだけちょっと怖い)。
彼らは自分達がどのように亡くなったのかを忘れていて、
なぜ成仏できないのかも自分自身よくわかっていません。
おりんは、ハンサムな若侍幽霊 ・玄之介とコンビを組んで、謎に立ち向かい、
やがて三十年も前にこの場所で起こった、ある恐ろしい事件を知ることになります。

私は宮部さんの描く「良い人」たちがとても好きです。
「悪人」を陰影濃く、魅力的に描く作家さんというのは、意外と数多くおられるのですが、
良い人、べつに正義の味方でも偉い人でもない、普通の善人を、
いきいきと描き出すのは宮部さんがピカ一だと思います。
この小説でも、おりんの父親太一郎、祖父代わりの七兵衛をはじめとして、
平凡な善人たちが笑ったり悩んだり、それでも筋を通すべきところはきちんと通して生きています。
いいですねえ、こういう世界。
それにくらべると悪役にもうひとつリアリティというか凄みが無いと言っちゃうと、贅沢すぎるでしょうか。
(だいたい幽霊物語にリアリティでもないか・・・)

けっこう笑えて、最後で少しほろりとさせてくれる、幽霊人情話(なんじゃそりゃ)の傑作でしょう。
エンタテインメントとしての完成度は高いですが、気軽に読めますよ〜。

(02.11.7.記)



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